ある日の日常




 俺は病院からの帰り道を、独りでとぼとぼ歩いている。俺は気持ちはいつも揺らがない性格
だ。動揺したり、物凄く腹が立ったりはしない。面倒だからだ。
 だが、今俺はかなり動揺している。
 まぁ無理もないか。幼なじみの飯島佳織が、ある日突然夜道でなんかよくわからねぇ奴に頭
を思い切り殴打されたんだ。物騒な世の中だと爺臭い事を思っても笑われたりはしないだろ
う。
 当たり所が悪く、佳織はすぐには退院できないらしいが、意識はちゃんとあったので、とりあ
えず一安心といった所か。
 家に帰ってベッドに転がり込んだが、眠るのに時間がかかった。心の中に何かもやもやが住
み着いている感じだ。

 翌日、俺はチャリこいで自分の通う琴別高校に向かっていた。自分の家からジャスコを通っ
てすぐにあるのでなかなか通学は楽だ。
 ふと、思った。佳織はこの何気ない通学という日常から一時的に切り離されたのだ。夜道を
歩いていただけで頭ぶん殴られて、学校に行けず趣味のサイト更新も写真を撮る事も出来なく
なったのだ。
 一年E組みのドアを開けると、友人の赤城結花がすっ飛んできた。
「ねぇねぇ水山。佳織どうだった? 元気、それともすっごい元気?」
「おはよう、赤城」
 赤城結花は凄まじい剣幕で睨んでくる。現在六月十二日。知りあってまだ二ヶ月ちょっとなの
に、こいつは遠慮もへったくれもない。まぁ、よそよそしくされても困るが。
「無視しないでよ。ね、佳織どうだったのよ。アンタ幼稚園から一緒でしょ」
「幼稚園とかは関係ないけどな。まぁ、ちょっとぼーっとしてたけど、意識に問題は無い。ただ、
やっぱ事件のショックから立ち直れないみたいだ」
「今日、お見舞い行こうか」
 突然赤城の背後から藤崎奈実がふらっと現れた。身長百六十八センチの赤城の影に隠れ
そうな藤崎は、どこか弱々しい。
「そうだな。でも、事件があったのは二日前の夜だ。あまり長時間はダメだぞ。佳織は安静が
必要だ。当たり前だけどな」
「うん。私、心配だな」 
 藤崎奈実。この二ヶ月ちょっとでの俺のイメージは、テンポ遅い。ほのぼの。のんびり。天
然。だが、中学からの友達だという赤城によれば、中学時代はなんと藤崎は活発な元気女だ
ったらしい。信じ難い話だ。
「でも超むかつくわよね。女の子を殴るのよ。最低よね。早く犯人捕まらないかしら」
「ま、早く捕まる事を祈ろうぜ」
 と言ったら、赤城は人差し指で俺の額を思い切り突っついた。少しよろける。
「アンタねぇ。ほんっと事なかれ主義っていうか。もうちょっと怒らないの?」
「そりゃあ怒ってるさ。でもな、いつまで怒っててもしょうがないだろ。怒ったら犯人がひょこひょ
こ出てくるのか。もしそうなら死ぬほど怒ってやる」
 赤城は軽蔑するような声で、こう言った。
「私は、今現在リアルタイムで死ぬほど怒ってるけどね」
「ゆ、結花落ち着こう……」
 おろおろする藤崎。その静かな性格を赤城にも分けてやれ。
「何よ奈実。すぐに水山の事庇っちゃって。私から水山に乗り換えるのね!」
「別に私レズじゃないもん」
 その事を願う。
 朝のホームルームがあり、その後何事も無く授業は進む。こんな何気ない日常から切り離さ
れた佳織は今、病院で何をしているんだろうか。そして、何を考えているのだろうか。
 授業が終わり、放課後になった。
「水山君、お見舞い行こう」
「あぁ、そうだな」
 突然背中に衝撃が走った。誰かが蹴ってきたみたいだ。
「やっほー水山君!」
「おい、赤城。いきなり蹴るなバカ者」
「じゃあ今度からは言ってから蹴るわね。ねぇお見舞い行くんでしょ。早く行きましょ」
「待て。達哉も連れてく」
 井出達哉。中学からの友達。井出を説明しろと言われたらバカの二文字で済む。
 教室の前で待ってると、達哉は何がそんなに嬉しいのか百万ドルのスマイルで走ってきた。
「みっずやまー! 早くいこーぜ。お、藤崎さん二日ぶりだね! なんだ、赤城もいるのか」
 藤崎はニコリとして会釈した。赤城は軽くラリアットを喰らわせた。
「早く行くわよ。面会時間、決まってるんでしょ」
 頷く。
 
 俺達四人は外に出て、自転車にまたがった。赤城以外は普通のママチャリだが、赤城の立
派な赤色のマウンテンバイクがキラキラと輝いている。
「しっかしスカートって自転車乗る時にちょっとうざいわね。ねぇ奈実?」
 人に話しかけておきながら、赤城は答えを聞かずに、一人でぐだぐだとやっぱり制服制度廃
止して私服にするべきよねなどと呟いている。
 藤崎はニコッと笑って、涼しい顔をして自転車をこぎだしたので、俺達は慌てて後に続いた。
 ジャスコを通り、途中で交差点がある。赤信号なのでもちろん止まる。……しかし、どうだろ
う。藤崎はそのまま爆進していった。
「おい藤崎さん! 赤だって、赤!」
 赤信号は皆で渡れば怖くないというが、どうやら藤崎は一人でも怖くないらしい。
「え、う、うわぁ!」
 急ブレーキしてぐるんと回ってえっさほいさと戻ってくる。
「うーん。奈実の天然は相変わらずね」
「ご、ごめん」
「まぁ、そのトロトロしたノロノロした奈実が一番良いんだけどね!」
 昔のテキパキしてた時の藤崎も見てみたい気がするが。……まぁ確かに藤崎は性格に似合
わずにチャリこぐのが異様に速い。皆の先頭をニコニコしながら走る姿は爽やかだ。
 俺の家を通り過ぎると、琴別病院にすぐに辿り着く。近くのコンビニで何やら赤城と藤崎はお
菓子を大量に買い占めていた。自転車を止めて、病院の中に入ると、藤崎は一目散にカウン
ターに向かった。……どうしたんだろうか。少し受け付けの人と話すと、藤崎はニコニコしなが
ら戻ってきた。
「二〇七号室だって」
「……いや、それは昨日俺が行ったから解ってる」
 恥ずかしそうに顔を真っ赤にする藤崎。
「なぁ、早く行こうぜ」
 達哉がそう言ったので、俺たちはさっさと佳織のいる病室に向かった。

 病室に入り、佳織は俺達に気づくと、病院だというのに大声で「やっほー皆!」と言い出した。
「佳織、久しぶり。元気そうじゃない。安心したわ」
「結花久しぶり! 会えて嬉しいわ」
「佳織、少し大きくなったね」
「ちょっと奈実、私は久しぶり会った孫かい!」
「佳織、会いたかったぞ」
「あぁ達哉かうんまぁ来てくれて有難う私嬉しいわ」
 棒読みだぞ、佳織。
 佳織は赤城と藤崎からお菓子を大量にもらうと素晴らしい笑顔になり、いそいそとテレビ台の
引き出しに隠した。
 しばらく女子三人で盛り上がっていたので、とりあえず俺と達哉はりんごでも剥こうかと思った
が、そんな事は出来ない事に気づき、ただのそっと突っ立っていた。
 話が一段落すると、佳織はいきなり深刻な顔になった。
「あの、あのね」
「どうした、佳織?」
 達也が不安げにそう聞いた。
「今日ね、朝起きたら大分頭の痛みがひいててね、まだぼーっとしてるけど……。大分治ってき
た。それで思い出したんだけどね。殴られた時、ふっと後ろを向いたんだけどね、多分、あれ
はうちの琴別高校の男子の制服だと思うの」
 嘘だろ、と言いたかった。でも佳織が言うんだからそうなんだろう。まさか犯人がうちの高校
の生徒だとは。
 佳織は琴別高校の生徒に殴られ、その後娘が帰ってこないと心配になって家を飛び出した
父親が、家の近くで倒れてる佳織を発見した。という事は、だ。犯人は佳織の家の近くに住ん
でいるという可能性も無いではないんだよな。その佳織の家の近くに住んでるのは誰か。一番
近いのは……。なんだ、俺じゃないか。俺の家から佳織の家まで五分ちょいだ。
「マ、マジ言ってんの? えっと、じゃあやっぱりこの近くに住んでる人よね……」
 一瞬で空気が冷たくなった。
「水山君」
「藤崎、そんな哀れむような目で俺を見るな。そして輪ゴムで俺の両手首を手錠のように締め
付けないでくれ」
 現行犯逮捕しようとしたらしい。
「藤崎さん、その辺にしとけ。なぁ水山。お前以外に、この近くに住んでる奴しらないか」
 考えてみた。まず琴別高校、ジャスコの近くにあるあの大きな交差点から考える。あの交差
点を中心にして考えると、左側にジャスコやら琴別高校やらがあり、少し進むと琴別大橋があ
り、橋を渡ると住宅街がある。そこに赤城と藤崎は住んでいる。
 そして交差点から右、つまり俺と佳織の住んでいる所だ。こっちは病院やら工場やらが多い
所だ。だから比較的人は少ないと思うんだが……。
「いや、いないな。知り合いは皆、琴別大橋を渡った先に住んでいる。こっち側に琴別高校の
知り合いは特にいないな」
「何よもー。アンタ友達少ないのね」
「そう言う赤城はどうなんだよ」
「……佳織、安心して。うちの生徒ならすぐに犯人は捕まるわよ」
 まぁ、早めに犯人が捕まる事を祈りつつ、そろそろ帰ったほうがいいな。相手は怪我人だ。
「おい赤城。そろそろ帰るぞ。佳織だって疲れるだろ」
「わかったわよー。うるさいな」
 病室を後にする瞬間、佳織が哀しげな顔で俺を見ていたのは、気のせいだろうか。

 その後、俺の家でぐだぐだと雑談をして気づけば時間はもう七時だった。このまま晩飯にあり
つくはずが、そうではなくなった。別れ際にメールが着たから誰かと思ったらそれは藤崎で、内
容は「まだ遊びたい」であったので、今俺は藤崎と二人だ。
「ねぇ、水山君」
「なんだ」
「犯人、どうして佳織を殴ったのかな」
「まず佳織が言うにはどうやら犯人は琴別高校の男子生徒らしい。確実とは言えないがな。も
しもうちの生徒なら、まず確信犯だろう。愉快犯ではない。なら、当然佳織と面識のある男と考
えるのが自然だろうな」
「佳織って付き合ってる男の子いた?」
 少し考える。
「いや、いなかったんじゃないかな。あいつはそういう面倒な人間関係は好きじゃない。気楽な
付き合いを好むんだ」
「うーん。わからないね」
 この後、俺と藤崎は他愛の無い雑談をして分かれた。そして二十歩ぐらい進んだぐらいだろ
うか、そう、聞こえたんだ。
 藤崎奈実の悲鳴が。
 俺は驚いて後ろを振り向くと、今まさに見知らぬ男がなにやら鈍器みたいな物を持って殴り
かかろうとしている。暗くてはっきりとは見えないが。
「おい!」
 俺は滅多に叫ばないが、場合が場合だ。
 幸い俺が叫んだのが効いたのか、その男は一目散に逃げた。俺は藤崎に駆け寄った。
「藤崎、大丈夫か?」
「うん……」
 これは、もう怖いねぇそうだねぇで終われる問題ではない。これは、洒落にならないぞ。

 翌日、俺達は赤城結花女王陛下のご命令が下ったので、放課後に空き教室に集められてい
た。
 ご丁寧にも長テーブルが置いてあった。赤城は長テーブルの端にどでんとあぐらをかいて座
っている。たいそうなご身分だぜ全く。俺達四人はきちんと椅子に座る。
「ねぇ結花。何するの?」
「あーかーぎ! 俺、今日陸上部の練習なんだけど!」
 と、藤崎と達哉は当然の抗議をする。
「うるさい! 特に奈実。ねぇ結花何するの? じゃないわよ。アンタ、昨日襲われたんだよ。何
のほほんとイチゴジュースずずずず飲んでるのよ」
「落ち着け、赤城」
「……じゃあ、水山君。まとめなさい」
「おい、会議の初っ端からまとめに入るのかよ」
「いいから早くしなさいよ。私だって陸上部なのよ」
 ちなみに、赤城は凄まじく足が速い。一年エース、らしい。
 赤城は長テーブルの上から、椅子に座っている俺をじーっと見てくる。ダメだ。完全に俺待ち
だ。
「まず、昨日藤崎を襲った男は、一瞬見た限りでは私服だった。顔は残念ながら暗くて見えな
かった。多分、佳織の件と同じ奴だろう。で、襲われたのが佳織と藤崎だ。これはもう俺達五人
全員関係者と言っても文句は言えないだろう。佳織と藤崎と親しいのが俺、赤城、達哉だ。黙
ってるのはちょっとどうかと思う」
「じゃあ、また私達の誰かが襲われるのかな?」
「わからない。まず犯人の動機が全然解らない。これは子供の出番じゃない。事件が事件だ。
穏やかじゃないぜ」
「と、言うと?」
 赤城を見てみると机の上であぐらかいたまま、ついには腕を組んで俺を見下している。
「何ジロジロ見てんのさ。覗こうって? 見たら殺すわよ」
 そういう訳じゃないのだが。
「……俺は面倒な事は嫌いだし、やらなくて良い事に首を突っ込むのも嫌い。だが、今回は話
が別だから俺は考える事を止めない。今も言ったが、穏やかじゃない。犯人が琴別の男子生
徒なら、あまり考えたくは無いが男女関係という線がやはり浮かび上がってくる」
 まぁ、それしか思いつかないんだけど。
「なるほど。奈実は?」
「私?」
「そうよ」
 藤崎は人差し指を顎に当ててうんうんと考え……いや、考えてない。何を口に出すべきか考
えているだけだ。
「私は、考えない」
 なんと。
「だって、私に力は無いから」
「そんな事言うなよ」
「そうだよ、藤崎さん。それに水山なんかスペック低いぜ」
「違うの。私には力は無いの。なーんにもできないんだ。ねぇ、結花……?」
 何を言うと思ったら、なんと赤城はいきなり長テーブルから降りて藤崎の首をホールドした。
「もう、そう言うことは言わないって約束したじゃない。ねぇ、ずっと前にお姉さんに誓ったわよ
ね?」
 藤崎の後ろからぐいぐいと首をホールドしていく。ジタバタする藤崎。少しするとホールドは解
けて、藤崎はぐたりと長テーブルに突っ伏した。
 今は亡き藤崎はさておき、何やら赤城は哀しそうな顔をしている。この二人に昔何があった
はこの際関係無い。
「赤城、そういきり立つな。達哉はどう思う」
「そうだな。俺もお前の言う通り男かな。佳織、モテるくせに絶対に付き合ったりしないからな。
まぁだからといって襲うってのはなぁ……」
 藤崎が長い髪をばさっとかきあげながら、ムクッと起き上がった。
「男子、そして佳織の家の近所。そしてこの場合一年と考えるのが妥当。だったら、容疑者はも
んのすごい簡単に絞れるんじゃないの?」
 綺麗なまとめ有難う。だがそれは確かに頷ける事であるが、だからといってそれがもんのす
ごい簡単かといえば微妙な所だ。
「なぁ水山。直接佳織に聞きゃあ良い事だろ?」
「あいつ、自分の人間関係はあんまり話してくれないんだがな。まぁいい、今日聞きに行くか」
「私も行く」
 藤崎が笑顔を向けてそう言った。
「ダメよ」
 ふむ。どうやら赤城はご立腹のようだ。
「私はね、今怒ってるの」
 自分は今怒ってるのと宣言する奴も珍しいな。
「奈実、今言ったわよね? 考えないって。じゃあ、来なくていいわよ!」
 と言って、赤城は椅子を蹴倒してズカズカと退散していった。なかなかカッコ良い退散だった
が、廊下からどでかいくしゃみが聞こえたので、ちょっとカッコ悪くなった。
「なんだよあいつ。あんなに怒る事は無いのにな? 藤崎さん」
「いいの。私が悪いの」
「……赤城の事だから、なんか一人で病院行って全部聞いてきそうだな。……なぁ藤崎。深くは
お前達のことについて追求はしないが、考えないはちょっと酷いんじゃないか?」
「だって、私には力が無いから」
 力が、無いか。藤崎は頭良いし、考える事は得意そうだが。
「私は力が無い。考えない。……でも、水山君」
「なんだ?」
「力は無いけど耳はある。聞くぐらいなら、私にも出来るんだよ」
「なぁ、藤崎さん。……そんな、寂しい事言うなよ」

 家に帰ると、赤城からメールが来た。内容は今家の近くにいて家にあがらせてもらうから部
屋の掃除をしろという事だった。まぁなんとも図々しい女だ。
 メールが来て五秒後にインターホンが鳴ったので掃除は出来なかったが、とりあえず赤城を
部屋に入れた。
「おじゃまします」
 ペコリと頭を下げる。長い髪がふぁさっと揺れる。
「で、何の用だ。告白ならちょっと考える時間をくれ。待て、憎しみ込めて睨むな」
「あのね。佳織、高校で特に仲の良い男の子は私達以外に一人だって」
「誰だ、それは。そいつが犯人の可能性が高いぞ」
「木野慎一」
 多分今何か飲んでいたら、確実に吹いて赤城の顔面に噴射している所だった。そうだ、木野
は確かにここら辺に住んでいるのをすっかり忘れていた。……が、あいつは俺と中学からの友
達だ」
「まぁ、あいつそういう奴じゃないからさ。佳織も私も木野は違うだろうって思ってる」
「俺も同じ意見だ」
「でね、佳織と中学の頃仲良くて尚且つ今琴別高校の男の子は、三人だって」
 三人。容疑者は少ないぞ。
「ねぇ、どうする。一人ずつごう……尋問する?」
「拷問も尋問も止めろ。まぁ普通に聞いてみる価値はあるな」
 すると赤城は、机に置いてあったコンソメパンチを見つめていたので、袋を開けてやった。ボ
リボリと何枚か食べると、口をてからせながら言った。
「アンタ、他人に冷たくて面倒くさがりでやる気の無い人間なのに、友達のためなら頑張るの
ね」
 俺は何も答えない。
「ねぇ、奈実についてどう思う?」
「私、考えない発言か。まぁ、考えの放棄は止めて欲しいな」
「ねぇ水山。モラトリアムって知ってる?」
 知らないので机から辞書を引っ張ってきて引いてみた。……が、なかなかピンとこない文章
がずらずらと並んでいる。
「モラトリアム人間で見て」
 見てみた。
「年齢では大人の仲間入りをするべき時に達していながら、精神的にはまだ自己形成の途上
にあり、大人社会に同化できずにいる人間」
 ……なるほど。意味はわかった。
「これがどうかしたのか」
「あの子はね、モラトリアム人間なのよ」
「……と言うと?」
「あの子が昔活発で明るい子だったって言うのは、なんとなく知ってるでしょ。だからって別に今
が暗い訳じゃないけどさ。奈実は凄い子なの。勉強やってもトップ。スポーツやってもトップ。そ
してあの鋭さ。なーんでも出来るの。でね、昔は積極的で、誰に何も言われずに、自分の意志
で動き、手に入れたいものは手に入れ、とにかく自分に自信を持ち、強い精神の下で生きてい
た。でも、それは虚像だったのかもしれない。確かに、年齢は大人に徐々に近づいている。後
五年で成人だもんね。でも精神は子供だった。奈実はもう自分が一人前だと錯覚していたの。
でも、ある日を境に、奈実はその考えを捨てた」
「つまり、昔の藤崎だったら、今頃考えて考えて、容疑者の所に出向くような奴だったのか」
「えぇ、そうね。……喋りすぎたわね。ぺらぺら言う事じゃないわね」
「なんでそんな事を俺に言ったんだ」
「心配なのよ。奈実、夜道に同じ高校の男子に殴りかかられたのよ。アンタがまだ近くにいたか
らいいけど、いなかったらどうなってたかわかるでしょ? あのほんわかしたままの奈実はダメ
なの。間違いなの」
 それ以上は聞きたくなかったので、帰ってもらった。間違いってなんだ。
 赤城、それは藤崎の存在を否定しているのと、同じなんじゃないか?

 翌日、学校は休みだった。今日はのんびり本でも読もうと思ったのだが、腹立つ事に今俺の
部屋には達哉がいる。
「なぁ水山」
「なんだ」
「お前さ、藤崎さんと赤城と佳織、誰がいいんだ?」
「陸上部はどんな感じだ?」
「三人共可愛いもんな。でも俺はやっぱ藤崎さんかな。あの天然な所が良いんだよなぁ」
 何故か腹が立ったので腹にエルボーを食らわせてやった。
「なぁ、達哉」
「なんだよ」
「お前、モラトリアム人間って知ってるか」
 達哉は少し考えたが、やがて顔をあげて言った。
「簡単に言えば、年齢は大人だが、精神が追いついてないって事だろ」
「それは俺達全員に言えることか」
「……知らね」
 佳織もそうだが、藤崎も確かに心配だ。あんなぼけぼけっとしたままでは、次襲われたらどう
するんだ。犯人についてなんにもわかってないんだし、また襲われないとは言い切れない。
「で、お前は誰がいいんだよ。やっぱ幼なじみの佳織か。それとも尻にひかれて赤城か」
 このままこいつと二人で意味の無い話をするのも嫌なので、今日病院に行ってるという藤崎
にメールをすると、すぐに来るらしいので安堵した。
 少しすると藤崎がよろよろとやって来た。上はチューブトップ、下はスカートと身軽な服装だ。
特にナイスファッションで決めてます! みたいな女子高生には見えなかったが、なかなか似
合っていた。
「やぁ藤崎さん。水山が藤崎と会いたい会いたいって言って聞かなくてね」
「そんな事は言っていない」
 藤崎は顔を少し赤らめている。信じるな。
「なぁ藤崎。犯人が捕まるまでは、あまり外に出ないほうがいいぞ。一回襲われてるんだから」
「そんな事言ったって……。そろそろ欲しい漫画の七巻出るし、黄色の蛍光ペン切れたし」
「まぁ、そう言われると……」
「結局私達子供じゃない。いちいち考えるの止めにしない? 考えて、もし結論が出たとしても
どうする事も出来ないじゃない。今だってそう。佳織が襲われて現に入院してる。私も殴りかけ
られた。じゃあ外に出るなと言って私に反論されて、言い返せないじゃないのさ。私達は黙って
流れるままに生きていけばいいのよ!」
 俺もその考えには賛成だ。そりゃ通り魔なんて警察の出番だ。ただの高一の俺達がどうこう
言う問題ではない。
「だがな、友人の二人が襲われて、そして容疑者はうちの学校の生徒の可能性が高い。その
中で佳織と関係を持っている男は三人。なぁ、思わないか。確かに俺達はちっぽけな存在かも
しれないけどな、何か出来ると、思わないか?」
「違う。水山君は救世主でもなんでもない。ただの男の子じゃない!」
「まぁ、落ちつけよ二人とも。ほら、水山は面倒くさがりだが友達のために頭を使う考える人。
藤崎さんは流れる現実をただ見つめつづける傍観者。これでいいじゃないか」
「お前はどうなんだ、達哉」
「どうって……あ、俺今日陸上部だ! じゃあな!」
 と言ってズタズタと帰って行った。……そういえば、今日赤城は部活に行くと言ってたな。サボ
りかよ、あいつ。
 俺はとりあえず、顔を紅潮させて何故か床に転がっていた空のペットボトルで俺の頭をぽか
ぽか殴ってくる藤崎の腕を掴み、静止させて、冷蔵庫から缶コーヒーを二本持ってきて、一本
薦めた。
 藤崎はプルタブを豪快に開け、ぐびぐびと飲んだ。コーヒーが一滴、口から流れ出る。それを
手でぐいっと拭いて、言った。
「ごめん、取り乱した」
「そのようだな」
「とある女の子の話、聞いてみる? 長くなるけど、どう?」
「是非」
 藤崎はもう一度コーヒーをぐびっと飲んだ。そして勝手に俺の缶コーヒーをがばっと掴み、一
気に飲み干した。
「女の子はね、小、中と何回も告白されました。でも、全部振りました。どうしてか。それは相手
が皆くだらない、幼い男の子に見えたから。それに、自分に絶対的な自信があった。中学生に
なった私は、髪を背中まで伸ばしたり、アクセサリとかに興味を持って、自分を綺麗にする事に
芽生えた。もちろん、勉強でもスポーツでも、とにかくずっと人の先頭でいたかった。実際、先
頭でいた」
 普段ののほほん口調ではなく、凄まじい早口でまくしたてている。俺はあぐらから正座に切り
替えた。
「自分は特別な存在だと思ってた。髪をピョコンと立てても、霊気を感じる事も出来ない普通の
人間なのにね」
 何の事を言ってるんだと思ったら、そういえば昔に妖怪物のアニメの主人公が、髪の毛を立
てて霊気を感じ取っていた事を思い出した。
「自分は何かできる。今は特別な何かは出来ないけど、いつか特別な存在になれるか、特別な
何かが出来ると思ってた。私は自分一人で大人になっているつもりだった。もう自分は周りとは
違う、もう私は大人の社会に入れると思ってた」
 俺は真剣に頷く。
「でもね、中学二年の冬だったの。その頃両親が仲凄く悪くて、毎日喧嘩してね。皿が宙を飛ん
でたわ。ねぇ、皿よ皿よ。あれが飛ぶのよ。怖いってもんじゃないわよ。意味わかんねぇって感
じでしょ。百点取っても誉めやしないで、ご飯も作らずに皿投げて喧嘩よ。皿が泣いてるわ」
 口調が激しくなる。
「あ、ごめん。また取り乱したわ。……でね、その時私は、自分の部屋のドアに鍵をかけて、布
団にくるまってわんわん泣く事しか出来なかった。結局、説得も何も出来ないの。本当に何も出
来なかった。ただ、流れる現実を見るしかなかった。もちろん離婚したわよ」
 藤崎は少し下を向いて、間を置いて言った。
「布団にくるまってる時に、気づいたんだ。私は特別じゃないし特別な事も何も出来ない。ただ
の自意識過剰な嫌な女だってね。そう、泣く事しか出来ない、普通の人間だった。私、両親が
離婚の事で話し合ってる所を見たくないから、家出したの。家出といっても、函館にいるおばあ
ちゃんの所だけどね。札幌から函館って結構遠いけど、なんとかなると思ってた。バス、地下
鉄、新幹線を一人で初めて乗ったわ。でも、恥ずかしいね。乗り方わからなかった。駅員さんに
聞くしかなかった。ここでも思ったわ。私は何も出来ないってね」
 俺はとても複雑な気持ちになっていた。なんだろう、このなんともいえない、言葉に出来ない
感情は。
「だから、頑張る事も自分を磨く事も、考えたり……。とにかく、強く着飾ることを止めた。そう、
私はあの自意識過剰で、前に前にずんずんと突き進む事を止めた。だってそれは危ない暴走
機関車だから。いくら普通の私が頑張っても、何も出来やしないの。ただ、あの離婚騒動の時
のように、流れる現実を見つめるだけでいいの……」
 藤崎は、泣いていた。多分、これは多分だが……。
 一番考えて考えて結論を導きたいのは、藤崎なんだろう。でも、藤崎も、もちろん皆も知って
いる。そうさ、何か素晴らしいとびきりの結論を導いたとしても、モラリストの俺達は、何も出来
ないのさ。
「結花は昔、軽蔑するような口調で、貴方は極度のモラトリアム人間だって言ったんだ。確かに
その通りなの。……そしてね、私が何もかもを捨てて、生き方を変えた時、結花はその生き方
は間違ってるって言ったの」
「藤崎」
 俺は気づくと立ち上がっていた。顔が赤くなっているのが自分でもわかる。
「人生や、生き方に間違いは無いさ。……もちろん犯罪を抜いての話だけどな。お前は、決し
て間違っちゃいないさ。傍観者でありたいのなら、それでいい。少なくとも、俺は今の藤崎は嫌
いじゃないぞ」
 藤崎は涙を浮かべながら、いつもの爽やかな笑顔で、頷いていた。

 あれから一週間が経った。日本海にミサイルがぶっ飛んでこようが、担任が学校に来る途中
事故って愛車のキューブをボコボコにしようが、佳織が襲われる事件があろうが、俺達の日常
はなんら変わりなく進む。
 佳織は退院して、元気に廊下をちょこちょこと歩いている。藤崎と赤城はあの後何日か悪い
ムードが続いていたが、気づけば仲直りしていた。女子の喧嘩は恐ろしいと聞いていたが、こ
の二人は大丈夫のようだ。今は授業中だが、二人で楽しそうに、ニコニコしながら消しカスを俺
の頭に投げている。いやぁなんとも微笑ましいほのぼのとした光景だ。
 しかし、まだすっきりしない。犯人がまだ見つからないのだ。そう、まだ事件は終わってないの
だ。
 そして放課後、またも赤城の号令により、以前の空き教室に集められた。今回は佳織議員も
座っている。しかし佳織は元々身長が百四十八センチしか無いために、座ると更に小学生に
見える。
「赤城、また何かあったのか」
「佳織。皆にあれ見せてあげて」
 そう言うと佳織はブレザーの内ポケットから紙切れを取り出した。
 身を乗り出して読んでみると、三日後に緑塚公園で待っているという内容が殴り書きしてあっ
た。
「誰からだ」
 達哉は不思議そうな顔でそう聞いた。確かに、これだけ見せられてもピンとこない。
「あのね、今日机にこれが入ってたんだ。誰からの手紙かは解らない。ねぇ、怖いよ」
「水山、お前どう思うよ」
「達哉はどう思うんだ」
「そうだなぁ……。今時手紙で公園に呼び出しなんてありえねぇじゃん? やっぱ、普通に怪し
いよな」
 皆の顔が険しくなる。誰も喋らないので俺が喋ることにした。
「まず琴別の一年として問題ないだろう。まぁ、確実な事はわからんが」
「じゃあ、佳織。前に話に上がった、中学の時仲良くて、琴別の男子で深い面識のある奴の名
前を挙げてくれ。俺達と木野以外でな」
 達哉が仕切りだした。
「まず平川純。健吾も知ってるでしょ?」
 頭の中で会議を行ったが、どうやら水山健吾は記憶力に欠けているらしい。
「すまん。誰だ?」
「同じ中学だったでしょ! 中三の頃私に告った奴」
「じゃあそいつが犯人ね。今から皆でそいつ拉致しましょ、拉致」
「落ち着け赤城。……後は?」
 佳織はうんうんと指を額に当てて考えている。隣に座っている藤崎は退屈なのか、佳織のショ
ートヘアーをぐりぐりといじっている。
「田野健かな。中一、中二の頃は仲良かったけど、中三からはほとんど会話してないけどね」
「なんかそいつと深い関係は無かったのか」
「別に。家帰ったから遊んだ事だって無かったわ。ただ同じクラスだった時に良く話してた。後
は長野功治。この子はまぁ、メールをしてたぐらいね。友達っていうよりメル友って感じだった
わ」
「他には?」
「うーん。琴別の男子で深い関係あるのは、健吾と木野も入れて五人よ。もういない」
 まず俺を除外。俺の友人の木野も除外させてもらう。じゃあこの二人、特に佳織に告ったとい
う平川が怪しいな。
 俺が考えていると、赤城が椅子を蹴倒した。
「どうした、赤城結花隊長」
「そ、そうだよゆかぁ」
 佳織がおろおろしながら、ズカズカと部屋を出ようとする赤城のスカートを引っ張る。
「そいつ、何組み」
「え……A組みだよ」
 A組みか。うちの高校では、一年A組みは進学コースとなっているので、頭良い奴なんだろう
な。ちなみに藤崎は学年四位。赤城は学年七位である。
「ちょっと行って来る。まだいるかもしれない」
「おい、ストレートに核心に触れるなよ」
「わかってるわよ」
 赤城は颯爽と出て行った。その友達思いの性格にはあっぱれだが、程々にして欲しい物だ。
おせっかいは時に残酷なのだ。
 十分ぐらいすると、赤城隊長は右手にジョージアを持って戻ってきた。勢い良く飲み干す。
「赤城、どうたった?」
 達哉がニヤニヤしながらそう聞いた。聞かなくてもわかってる。そりゃあ……。
「収穫無し」
 だろうな。
「ねぇ佳織。一番怪しそうなのは誰?」
「うーん。誰も怪しくないわね。普通の人達だもん」
「そっか……」
 これ以上話しててもキリが無いので、会議は終了した。結局時間のムダだった。
 その後、俺と達哉と赤城はふらふらと、学校の近くにある琴別センターへと向かっていた。ジ
ャスコよりかは規模は小さいが、生活用品から娯楽まで、一通り揃っている。琴別の生徒が毎
日たむろっている。
「なぁ水山よ。何故藤崎さんと佳織はいないんだ」
「藤崎はバレー部。佳織は今日、家で静かにしてるんだとよ」
「井出達也君。私じゃ不満だと?」
「いえ、十分すぎます」
 自転車をこぎ、琴別センターに入って直ぐにあるベンチに腰掛ける。達哉は思いつめたよう
な顔になって、赤城に聞いた。
「なぁ赤城。なんでそんなに頑張ってんだ? いや、別にお前の事を否定してる訳じゃないけど
さ」
「なんでって、別にいいじゃない」
「でもな、赤城。行動派なのはいいけど、何もお前がそこまでやる必要は無いんだぞ。……なぁ
達哉」
「え? あぁ、そうとも」
 赤城はあからさまに不機嫌だ。ここはなんとか機嫌を直すべきだろう。
「そうだ、赤城。お前二ヶ月前に誕生日だったよな。俺と達哉から何かジュースでもおごるぜ」
「いらんわ! ……あのさ、そこまでやる必要無いって言うけどね、何かしないとダメだって思
わないの? 水山なんて考えるだけで何もしないじゃない。それじゃあ意味が無いわ。また佳
織と奈実が襲われたらどうするのよ」
「んな怒るなよ。水山って二人の事はちゃんと心配してるんだぜ」
「人生は行動が一番大事だと思うのね。私は悩んだり考えたり何かする前に、まず行動してみ
る。黙ってちゃダメなのよ。欲しい物は何も手に入らない。私はね、アンタみたいにすぐに諦め
るのは嫌なの。諦めたらすぐ終わるのよ。佳織のためになるなら、とにかく希望がちょっとでも
ある限り、頑張りたいじゃない」
「まぁ、一理あるかもしれないけど」
「私と奈実は、昔も今も、磁石のSとNなの。真逆なのよ」
「なんだ、いきなり」
「……私は昔ね、おとなしい子だった。いじめられっ子だったのよ」
 その瞬間達哉が今まさに飲もうとしてた缶コーヒーを少し吹いた。むせて達哉の顔が紅潮し
ていく。
「そこまでオーバーリアクションしないでよ。昔の私はね、すごーく静かで、いつも奈実に守って
もらってたの」
 流石に俺も飲もうとした缶コーヒーを吹いた。少しじゃない、普通に吹いた。
「だから止めてよ! ……私ね、いつも何されても黙ってたのよ。自分から動こうとしない。何が
あってもただ流れる現実を見ているだけだった。でね、気づいたの。奈実ね、いじめられっ子
の私と仲が良いもんだから、徐々にクラスから浮いてきたの。全部私のせい。私がちゃんと、
いじめに対して何か行動していれば、奈実が嫌われる事は無かった。奈実に悪いと思って、私
は奈実と距離を取ろうとした。でも奈実は、毎日放課後に結花一緒に帰ろうって言ってくれる
の。私が掃除当番の時も、周りの人に白い目で見られながら、奈実はずっと待っててくれた
の。奈実に悪いなぁって、心底思ったわ」
 赤城はもう顔を真っ赤にして、いつかの藤崎の様にまくしたてている。
「ね、わかるでしょ? 何かしないとダメなの。自分から、動かなきゃダメだの。じゃないと怖い
のよ。いじめられてた時の事がすぐに思い出されるわ。行動に移さないと、全て失いそうな気
がするの。それに奈実や佳織が自分の側からいなくなっちゃうかもって、どうしても思っちゃう」
 なるほど、確かに今も昔も、この二人はSとNの存在だ。
「私は弱い女の子から強い女の子になることを望んだ。そして、中学に入るときに、私は変わっ
たの。結果、うまくやれたわ。でも一つ予想外だった事がある。そう、奈実は弱い女の子になる
事を望んだの」
 赤城は複雑な顔で溜息を吐いた。やたら赤城は行動派だとは思ったが、そういう過去があっ
たとは……。赤城の事を少なからずとも非難していた自分が、とても恥ずかしく思えた。
「赤城、一つ聞いていいか」
「何よ」
「お前、藤崎に今の生き方は間違いって言ったそうだが、それは本心か?」
「そんな訳無いじゃない。生き方に正しいも間違いも無いんじゃないかしら。私、今の奈実も好
きよ」
「じゃあ、なんであんな事……」
 すると赤城は、たまにみせる屈託の無い小さい女の子ような笑顔になった。大人びた顔がい
っきに子供っぽくなる。
「たまーにね、昔の奈実が懐かしくなるっていうか、恋しくなっちゃって、ついそういう事言っちゃ
うのよ。最悪よね。その度に謝ってる。だって、あの時の奈実は、すっごいカッコ良かったんだ
もん」

 三日後、犯人は見つかった。というより、撃退された。
 あの手紙の差出人を犯人と俺達は考え、公園で五人揃って、犯人を待ち伏せしていた。だが
やはり、本音を言ってしまえば、差出人は犯人じゃないと、少し思ってた。何故かってそりゃあ
公園で犯人を待ち伏せ、のこのこやって来た所を捕まえるなんて、そんな漫画みたいな事はど
うも信じられなかった。
 が、ここはさすが行動力マックスの赤城。平川が緑塚公園に現れるや、特に相手を調べず
に、背後から飛び蹴りを食らわし、地面に倒れた所で首をホールドして二つ、三つと質問をす
ると、さすがに相手が五人では分が悪いと思ったのか、平川純は観念した。
 まぁ犯人が、前に話しに上がった平川だと言うのは、予想通りといえば予想通りだ。聞けば、
佳織に振られて、腹いせに後ろから少し痛い目に合わせようとしただの、更に佳織と仲のいい
藤崎をたまたま見つけて脅かそうとしただの、的を得ない事を平川はぐだぐだと言い続けてい
た。……しかしなんとまぁ、信じられない動機だ。振られてそこまでの行動に移すかね、普通。
 もちろんそのまま学校に連れて行った。この後の事は知らない。
 何故知らないか。俺達の気が済んだからだ。何も俺達は復讐なんか考えちゃいない。後は大
人達が処理してくれる。俺達は赤城の飛び蹴りで十分だった。

 今、俺は達哉と二人で下校している途中だ。夕日が綺麗だなぁとかぼそぼそと話している。
「なぁ達哉」
「なんだ?」
「藤崎は傍観者になる事を望んだ。赤城は強くなり、とにかく何かやってみる事を望んだ。……
俺は、何を望んでいるんだろうな」
「何が言いたい?」
 俺は少し間を置いて、言った。
「ちょっと思ったんだ。俺は考える事はするが、それ以上はしない。俺は面倒な事は嫌いだ。人
生はいかに楽に、ムダ無く、嫌な事を避け、なるべく毎日をそつなく生きる事が重要だと思って
いる。大きな幸せなんか望んじゃあいない。そりゃあ俺だって天から金が降って来れば、血眼
になって金つかみまくるよ。でも、そんな事はあり得ないだろ?」
「何が言いたいか、ピンと来ないぞ」
「だから、傍観者でもなく、だからと言って動く事もしない。ただマニュアル通りに、そつなく生き
てるんだよ、俺は。なぁ、これは間違いか? どうしても、あいつら見てると自分の生き方に疑
問を感じるんだ」
 そう言うと、達也は照れ隠しなのかへへっと笑って、少し声のボリュームを上げて言った。
「生き方に間違いは無いんだろう? だったら、いいんじゃないか。それが一番幸せで楽と感じ
るんなら、良いじゃないか。お前の生き方を責める奴なんかいないさ」
「そっか……。そうだな」
 夕日が、綺麗だ。そうだ、何があろうとも夕日は綺麗で、学校のチャイムは鳴り、俺の人生は
揺るがない。この何も変わらない日常は、いつまでも続く。
「なぁ達哉」
「なんだ?」
「平川の首を赤城がホールドしてる時、平川がやたらビクビクしてるの、気づいただろ?」
「あぁ、気づいた気づいた。凄かったよな」
「凄かったな。普段とろんとした目つきの藤崎が、腕組んでギロリと睨んでるんだもんな。怖い、
怖いねぇ!」
「あぁ、ありゃあ完全に一時的に昔に戻ってたぜ! いや、でもあの藤崎さんも可愛かった!」
 後ろで何やら聞いたことのある、ほのぼのとした女の奇声が聞こえてくるが、まぁ気のせいだ
ろう。

 俺はこれからの日々を楽しみにしながら、いつもの様に家に帰る……。 





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