半熟高校生達の学校祭



「ほら水山君! ダラダラしてないで、早く気失って」
 面倒くさいな……。だいたい、こんなことやりたくない。でも、やらなきゃいけない事は、嫌でも
やらなきゃダメなんだ。
 俺はゆっくりとその場に倒れ、気を失った。
 そして井出達也と藤崎奈実が俺に駆け寄る。
「あぁ、水山君。ショックで気を失ってしまったのね……。井出君、貴方が悪いのよ」
「うるせぇ。だいたいな、こいつがかってに勘違いしてただけだろ。俺が裏切った訳じゃない」
「今はそういう事を言ってる場合じゃないでしょ。あぁ水山君、寝顔は意外に可愛いのね」
「お前こそ、そんな事言ってる場合じゃないだろ」
「カァット!」
 と、飯島佳織の甲高い声が響いた。俺はそれを合図に、ムクリと起き上がる。
 俺たちが何をしているかというと、ビデオ映画の撮影である。学校祭に出展するためのもの
だ。
「なーんか違うな。何を言いたいのかぜんっぜん伝わってこない。そんなんじゃ、客は満足しな
いわよ」
 佳織は腕を組みながらそう言った。佳織はビデオ映画に参加していないのだが、図々しく撮
影の後半のシーンでは佳織の本屋を使わせてもらっているので、人手不足もありこいつに手
伝ってもらっているのだ。
 ちなみに信じられないと思うが、本屋は普通に営業中である。短い時間の撮影で、人気のな
い隅っこでやってるとはいえ、まったく俺たちは何をやってるんだか……。
 藤崎と井出が、ビデオを巻き戻して本屋でのシーンを最初から見だしたので、興味ないけど
一応見ておく。あまり無気力なのを露骨に出すのは頂けないだろうし、三人でビデオを確認す
る。
 その時、藤崎が首を長くして、周りをキョロキョロ見ているのに気づいた。
「どうした?」
「ん……。いや、なんでもないよ」
 なんでもないというのなら、気にしない。ビデオを一通り見ると、井出は難しい顔をして言っ
た。
「水山、なんか目がピクピク動いてるんだよなぁ。お前、演技向いてないよ」
 やりたくもないことをやらされて、挙句の果てに営業中の本屋でぶっ倒れるという黒歴史を人
生に残したというのに、その言われようはあんまりだ。つーか、向いてなくて当然だ。
「大丈夫だよ水山君。この映画はあくまでもコミカルなんだから」
 確かにそうなのだ。このビデオ映画、最初はシリアス路線でやっていた。しかし学校祭のビデ
オ映画でどうシリアスなストーリーを考えようが演技をしようが、面白くなってしまうのだ。見る人
からすれば、同じ学校の人が演技をしている時点で面白いのだから。
 さてさて、撮影が終わったんだから、もうここに用はない。俺は、どうも腑に落ちない顔をして
いる藤崎には気にも留めずに、そそくさと本屋を出ようとした。
「おい水山。もう帰るのか?」
 と、井出が引き止めてきた。逆立てた髪に、活発な顔。まぁまぁ顔は良い方だが、どうも性格
が適当というか大雑把で、かなりのお調子者であるため、あまりモテない。
 井出と藤崎は、全く帰る気配がない。まだ何かやるつもりなのか……?
 勘弁してほしい。悪いけど、俺はこのビデオ映画に全力投球しているわけじゃない。
「先に帰るんならさ、このビデオ邪魔だから学校に戻しておいてくれよ。俺たち、飯島の部屋で
打ち合わせするから」
「私、これからレジやらなきゃダメなんだけど」
「ん……。そうか。じゃあ、部屋借りていいか? 藤崎と二人でやるからさ」
 佳織は首を縦に振った。
 学校まで自転車で二十分ほど。正直面倒くさい。だが、打ち合わせはもっと面倒くさい。なら、
俺は井出の言うとおり、素直にビデオを学校に戻そうじゃないか。
 藤崎と井出を二人きりにするのは気に食わないが……。まぁ、いいか。俺は律儀に、テープ
を最初まで巻き戻した。

 自転車をえっさほいさと漕ぐ。周りは住宅地ばかりで、藤崎の母校である琴別中央中学があ
る。他にあるとすればジャスコくらい。おまけ程度に植えられた木。つまらない景色の中、坂を
必死で登り琴別高校にたどり着く。
 早歩きで視聴覚室に行くと、赤城結花がいた。
 赤城の黒髪は肩につくくらいの長さで、後ろはウェーブしている。全体的にワックスで髪は遊
ばせている。化粧はバッチリと決めていて、藤崎の健康的な肌と違い、かなり色白の腕にはな
にやらジャラジャラとブレスレット。そして目立つのが身長。百六十九センチ。
「あれ、アンタ一人? なに、省かれたの?」
「そんなんじゃない。打ち合わせやらないで、ビデオ戻しに来た」
 そう言うと、赤城は「ほんっとやる気ないよねー」と俺を呆れた顔で見た後、机に向き直った。
ビデオ映画のパンフレットを書いているのだ。
 ちなみに学校祭、俺のクラスはステージ発表とビデオ映画と何もやらないグループに分かれ
ている。俺はもちろん何もやらないグループに所属する気だったのだが、運悪くビデオ映画が
決まらなかった。すると担任が、お前達五人いつもつるんでるんだから、やれ。という理不尽極
まりないことを言い出したため、このようなことになった。佳織はステージ班のリーダー的存在
だったので免れたが。
 で、教室はステージ班の作業で騒がしいので、赤城はしょうがなくここで作業をしているのだ。
「ていうかアンタさ、奈実を残して一人でのこのこ来たの?」
 頷く。
「あーもう、せっかく皆で一つのことに取り組んでるのよ? どうしてこのチャンスを生かさな
い?」
「勘違いするな」
「なにが勘違いよ。奈実にすーぐ嫉妬するくせに。男ならうじうじ見てないで告白しなさいよ。
あ、でもやっぱりダメ。アンタに奈実は合わないわ。奈実にはね、積極的で女の子をちゃんとリ
ード出来るような男じゃないとダメね」
「うるさい」
「冗談だってば」
 俺はビデオを赤城に押し付けると、逃げるように視聴覚室を出た。

 次の日教室に行くと、なにやら騒がしかった。
 いつも朝の教室に流れているのは、入った瞬間ダルくなるような、そういう雰囲気のはずだ。
だが、今日は違う。どこか賑やかで、退屈な日常の中で起きたイベントを楽しむような、そんな
明るくてどこかワクワクさせるような空気が漂っている。
 たかが空気、されど空気である。一番空気を感じるのは、飲食店だと思っている。俺は飲食
店で働いているのだが、自分のバイト先に行った瞬間、すぐにその場に流れている空気でみん
なの気分がわかるのだ。つまりそれは客も感じることで、雰囲気はとても大事だ。
 そして教室は、飲食店に負けず劣らず、雰囲気というものを強く感じる場所なのだ。
 教室をよーく見る。まず真ん中に輪が出来ている。輪の中心にいるのは藤崎、赤城、佳織。
そして男子数名と女子全員。もっとよく見ると、その男子たちは赤城たちに何か突っかかって
いるようで、女子は赤城たちをかばって、なにやら言い返している。
 藤崎は俺に気づくと、何故か突進してきた。紺色ブレザーに、赤色のリボン。薄い水色のワイ
シャツ。緑と赤のチェックのスカート。とても似合っているなぁとどうでもいいことを思う。
 髪は女子が憧れるほどのサラサラストレートヘアー。リスみたいなクリクリしていて、人の良さ
が前面に出ているような瞳。薄い唇に細くて整った輪郭。今時珍しい清純系である。
 藤崎は俺の目の前で、右足を大げさにドンッと音を立てながら床を蹴ってストップして、叫ん
だ。
「大変なの!」
「なにが?」
「水山君どうしよう」
 サッパリである。藤崎は天然で、なにが事件が起きるとすぐにテンぱる。もう少し冷静になっ
てくれないかなぁ。
「あ、健吾来るの遅いよ。こんな時になにやってるの」
 と、佳織に何故かいきなり怒られてしまった。藤崎といい佳織といい、こいつらは事情を人に
説明するということを知らないのか。
 俺が困っていると、顔に私はとてもイライラしてます、と顔に書いてある赤城が俺を見て言っ
た。
「ビデオカメラ、無くなったの。昨日ちゃんと教室の棚に置いて帰ったんだから、無くなるわけな
いのよ!」
 なんと。そりゃ大事件だ。赤城は一応みんなの前だから無くなったと言ったが、確実に盗まれ
たと思っているのだろう。
 心の中で整理する。俺は昨日確かに赤城にビデオを預けた。で、赤城は視聴覚室で作業を
終えると教室の棚に置いて帰ったらしい。いくら科学が発達した今でも、カメラに足は生えてい
ないので、まぁ誰かが盗んだと考えるのが自然だろう。
 と、冷静に考えてみたが、無気力に関しては琴別高校ナンバーワンと呼ばれる俺でもさすが
にムカつく。これは笑い事じゃないぞ。
 何か言おうとしたとき、クラスの男子が赤城に突っかかった。
「おいお前、さっきからギャーギャー騒ぐなよ。最後に触ったのお前なんだろ? 自分で隠して、
俺たちのせいにしてるんじゃないのか?」
 あぁ、言ってしまった。
 その男子が言い終わったあとゲラゲラと笑い出すと、赤城はその場にあった机を思い切り蹴
り上げた。机からゴツンという豪快な音がする。赤城がキレた。
「もう一回言っていいわよ」
 男子は何も言わなかった。
 悪いのは、明らかにこいつらだろう。赤城がビデオカメラがないと慌てただけで、女子一人を
囲って騒いだ挙句、そんな暴言を言うなんて。まぁそんなことで赤城は微塵も屈しないが。
 さてどうするか。いやどうもしなくてもいいんだろうけど、黙って見てるのもアレだよなぁ。それ
にビデオが盗まれたことに関しては黙ってる気はないが、誰が盗んだのかわからない。
 男として、人として、ここは友達をかばうべきなのだが、どうしていいかわからない。
 すると、佳織が唇を震わせながら言った。
「あ、アンタたちが変なこと言うからいけないのよ。結花は、ただビデオカメラについて何か知ら
ないか皆に聞いただけじゃない。それだけで騒いで、そんな事言うなんてひどいじゃない。結花
は悪くないよ」
 藤崎が「そうだよ!」と続く。赤城は黙っている。
 この瞬間、俺は弓で心を射抜かれたような気分になった。俺は友達を援護もできず黙ってい
るだけで、女の子が援護をしている。
 ダメ人間である。なんで俺はこうなんだろう。佳織は輪を作っている男子を見ながら、「ねぇ
皆。何か知らない?」と聞いたが、全員が首を横に振った。
 その時、でかい音を立てながらドアを開けて井出が入ってきた。
 俺が事情を説明すると、赤城に続けて井出もキレた。そして担任がやってきた。
 これまで何事もなく、おとなしい日常という静かなレールを走っていたが、ついにそのレール
から外れてしまったような気がした。
 いかに日常が素晴らしいか、痛感する。

 五時間目のロングホームルーム。担任の川橋は、腕を組んで教室を見回す。うーんと唸って
から言った。
「ビデオカメラが盗まれた。なにか知ってるやついるか?」
 確かに九十パーセント盗まれたと考えるのが自然だろう。でも、そう言いきるのはどうかと思
うな……。
 担任はビデオカメラが無くなったことよりも、一部の男子が強烈に赤城たちを責め、その結果
女子と言い合いをしてしまったのが気に食わないらしい。学校祭が近いこの時期に問題を起こ
されては困るのだろう。
 不幸中の幸いだったのが、輪に参加していたのが数人の男子だけだったこと。これがもし全
員だったら……。考えるのは恐ろしい。
「先生、そんな事言う前に、みんなで探した方が時間の有効活用ってもんじゃないですか? あ
のビデオは、クラス全員の者ですよ」
 と、井出が言った。腕を組み、貧乏ゆすりしている。相当イラついてるなぁ。
 かくいう俺も、心を落ち着かせているつもりだが、朝から時間を増すごとに怒りがどんどんこ
み上げてきている。確かに俺は無気力で、面倒くさいと思いながらやっていた。でも、確かに俺
はあのビデオ映画に参加していたんだ。内容は大雑把かもしれない。でも、何週間も撮り続
け、赤城はパンフレットも書いていた。その努力を一日して消させるなんて……。
 井出が少し羨ましい。先生に意見を言い、昼休みは壁を殴り、怒りを前面に出している。壁を
殴れとは言わないが、ストレートに感情をむき出しにする井出を見ていると、それはとても人間
らしいと思える。
 一方、赤城は意外にも静かに俯いている。多分一番落ち込んでいるのは赤城だろう。いつも
率先して撮影に取り組んでいたし、やる気の無い俺にキレながらも引っ張ってくれた。
 ふと赤城と目が合うと、すぐに物凄くわざとらしい笑顔を俺に向けた。それを見て心が痛む。
 ……俺は、どうだろう。落ち込むというよりかは、腹が立っている。だが、態度には出ていな
い。なんだか腹の中に黒くて大きい異物がある感じがする。わだかまり。
「つーか先生。まだ盗まれたと決まったわけじゃないでしょ。それにさ、井出の言うとおりまずは
ビデオ見つけるのが先決でしょ」
 赤城はそう言った。確かにその通りだと思う。今はビデオを見つけ、俺たちの努力を返しても
らうことが先決だ。それにあのビデオは佳織のものだ。とにかく見つけなくてはならない。
「確かに見つけることは大事だ。でも、それにはみんなから何か聞かなければならないだろう。
もし見つからなかったら、学校祭はステージ発表だけになるぞ」
 担任はそう言うと、小さい紙を配りだした。高校生活三年目にして、誰もが体験したであろう
アレをついにやることになったのだ。そう、犯人なら紙にやった理由を。知らない人は意見を書
く。何か知ってる人は犯人の名前を書く。
 全く……。こんな意味のないことを何故やるのだろう? 教師はバカなんじゃないかとも思う
が、教師も大して意味がないとは思ってるだろう。だが、こういう事件が起きて何もやらないわ
けにはいかないのだろう。教師も大変だなぁ。
 だが、こうもあっさりと証拠もなしに盗難と決め付けるのは、やはりどうかと思う。
 俺は“ダメだと思う”と殴り書きした。

 放課後、ステージ班が踊りについて話し合ってるのを横目に、俺と赤城と藤崎は教卓に陣取
っていた。井出は苛立ちが治まらないのか帰ってしまった。
 赤城は教卓にあぐらをかき、長い髪を大げさに首を振って髪を揺らした。
「で、どうするよ? 今から撮りなおしても間に合わないよ。学校祭まであと十日しかないんだ
し」
 イチゴオレを静かに飲んでいる藤崎は、うーんと唸った。完全に俺たちは行き詰っている。
 しかし本当にどうしようか。面倒くさいなりにも努力した結果があのビデオには込められてい
る。それが無くなったとなると、さすがに居心地が悪い。
 昼休みに皆で探したが、結局見つからなかったし……。やはり盗難だろうか。もしそうだとし
たら、誰が? 何故?
 やりきれない。人生は、どうにも理不尽でやりきれないことが多すぎる。だが俺たち高校生
は、その苦々しい人生に必死にしがみつき、落とされないように生きることで精一杯なのだ。良
い案なんて簡単には思いつかない。
 自然とため息が出る。
「み、水山君元気出して。ほら、これあげるから」
 と言って藤崎はイチゴオレを差し出した。一口飲んで返す。あぁもう、女に励まされるなんて。
赤城は赤城で黒板消しを投げるわで荒れてるし、挙句の果てに藤崎のイチゴオレをぶんどっ
て一気飲みをする始末。「あぁ……」と藤崎が呟いたが赤城は気にしない。
 ふと思う。励ましてくれる藤崎。一生懸命どうしようかと悩む赤城。俺は嘆くばかりで何もして
ない。それでいいのか? いつもそうやってぐだぐだと生きてきた。ダメだ。ずっとそんなんじゃ
ダメだ。今この瞬間、何も言わず動かずに、赤城と藤崎の言うまま動いていては、卒業して大
人になった時、きっと後悔する。そう思った。
 だが、言葉が出ない。何を言えばいいかわからない。
 すると、赤城が言った。
「まぁ人生ってのは、実際こんなもんなのよね。いつまでもぐじぐじしててもしょうがないわ。とり
あえず、今は現実的に考えましょう」
 先に言われてしまった。赤城は、感情をストレートに言葉で表せる奴だ。羨ましい。
 なぁ赤城。俺だって結構悩んでるんだぜ?
「で、でも結花どうするの。新しいことやるの? ま、漫才? 私そんなの嫌だよ」
「誰もそんなこと言ってないでしょ。そうね……。奈実、何か希望ある?」
 藤崎は首をひよこのように曲げて、もみあげをくりくりといじりながら俯いて考え出した。しばら
くその状態で突っ立っているので、しばらく見守る。
 そしてハッとした顔になり、笑顔で言った。
「ステージで歌でもやろうよ!」
「ステージ発表は一つだけって決まりがあるだろ」
「水山君が教室でうどんの大食い」
「嫌だ」
「じゃ、じゃあ私が教室で、超上手いテトリスのプレイでも披露するよ!」
「わざわざゲーム機学校に持ってきて、学校祭でカチャカチャとゲームやるのか? お前のテト
リスの腕は認めるけど」
 藤崎はガックリとした顔で、顎を教卓にちょこんと置いて、両手をぶらぶらさせだした。
 えーと……。あ、そうか。落ち込んでるのか。今のは俺たちを励まそうと、和ませようとしたら
しい。こいつは、そういう奴だ。大食いの案の時だけ目が本気だったけど。
 だが、励ましの言葉を素で返してしまった俺は、いわゆるKYってやつか。それは嫌だ。
「まぁ何にも思いつかなかった時は、うどんの大食いやるよ。井出が」
「本当!? 井出君ならやってくれそうだしね」
 あぁ、話しがだんだんと脱線してきた。
 このまま解決策が出ないまま、井出がうどんの大食いを披露するハメになるのかと思ってい
たとき、ステージ班の人たちと話をしていた佳織がこちらにやってきた。
 佳織は小さい。身長は百四十四センチしかない。ツヤツヤの髪質が自慢のボブカット。そし
て超童顔。どこからどう見ても小中学生だが、積極的な性格や、皆を統率する力は昔から凄
い。佳織とは小学校から同じだが、身長と性格は今も昔も変わらずだ。
 今もステージ班で中心となって話していたし、その言いにくそうな顔というか、わざとらしく作っ
た笑顔を見ればわかるが、何か案を思いついたのだろう。佳織は遠慮がちに言った。
「あのさ、しょうがないから健吾たちもステージで踊る?」
「た、たった十日で? 佳織、それはさすがに厳しいわよ。特に、水山が」
 全く赤城は失礼極まりない女である。
「うん。だからね、結花と奈実は歌うまいから、踊りの曲に合わせて歌ってみるのはどう? 激
しく」
 藤崎の案がさりげなく採用されてしまった。しかしそれでは俺と井出はどうなるのだ。
 結局、赤城も藤崎も同意はしなかった。とりあえず考えておくよと適当に返すだけ。
「私、もう帰るわ。頭冷やして考えてくる」
 そう言って赤城はさっさと帰ってしまった。これ以上イラついてる自分を見られたくない、そん
な雰囲気を感じたが気のせいだろうか。
 佳織は、とても心配そうな顔で赤城の後姿を見ていた。そして俺をじーっと見て言った。
「健吾、元気だしてね。私、何か良い案考えるから」
 佳織は昔からお人よしだ。友達が困っていると、いつも人一倍心配してくれる。「ありがとう」と
言ったが、自分でもわかるほど声には元気が無かった。しばらく沈黙が流れる。
 なんとなく教室を見回していると、堀田沙耶と目が合った。すると、何故か露骨に目を反らさ
れた。あまり話したことの無い女子だが、嫌われているらしい。
 堀田は不良系である。容姿はちょっと目がキツイだけだが、性格はとても悪い。いつも腕に
銀色のブルガリの腕時計をつけている。ちなみにパチモン。
 俺と堀田を見ていたらしい佳織が、さりげなく言った。
「そういえば、あの撮影の日、堀田さんいたよね」
「え?」
「気づかなかったの? 私たちに気づいた瞬間なんかしらないけど、すっごいビックリして逃げ
ちゃったけどね」
 堀田……。堀田か。堀田ねぇ……。

 次の日教室に入ると、また教室の真ん中に輪が出来ていた。今度はなんだ、おい。もう事件
はいらないぞ。
「お、水山来たな。ほら、これ見ろよ」
 井出が百万ドルの笑顔で手招きする。どうしたと思い輪に入ると、なんと佳織の机にビデオ
が置いてあった。……マジかよ。
「健吾、やったね! 今日ね、結花が朝視聴覚室に行ったら、机の上に置いてあったんだって
さ。ちゃんとテープも入ってるよ」
「ほんと人騒がせだな。これでなんとか学校祭まで間に合うぞ」
 と、佳織と井出は喜んでいたが、赤城は腕を組んでカメラをじーっと睨んでいるし、藤崎は目
をパチパチさせている。
 ……腑に落ちない。ビデオが戻ってきて確かに嬉しいが、真実は一つもわかっていない。
 その後担任が来て、佳織が真っ先にビデオが見つかったことを言うと、担任は心底ホッとし
たような顔になった。
 どうしても何かひっかかるので、昼休み藤崎を連れて視聴覚室に行った。そして誘ってもいな
いのに、井出がついてくる。
「ね、ねぇ水山君。どうしてまたビデオ見るの」
「まぁいいじゃん。一応確認したいだけだろ。なぁ水山」
「まぁな」
 適当に相槌を打ちながらテープを巻き戻し、ビデオをスクリーンに映す作業をサクッと終わら
せ、映像をスクリーンに映し出す。場面は、本屋でのシーン。
 俺が倒れている。藤崎と井出が話している。この時、佳織と赤城は演技を真剣に見ていたは
ず。
 そして本屋でのシーンが終わりかけたとき、画面の端っこにとある女が写っていた。一瞬なの
で解りづらいが、このキツイ目と、銀色の腕時計はまぎれもなく……。
「堀田だ。堀田が写ってる」
 俺がそう言うと、藤崎は特に驚かなかった。
「うん……。私、気づいてた」
 やっぱり気づいてたのか。撮影が終わった後、藤崎はキョロキョロしていたが、それは堀田を
探していたのだ。しかし、それは別に気にするほどの問題ではない。
 俺はただ単に、井出の言うとおり確認したかっただけだ。そしてテープは、こうしてちゃんと再
生されている。
 壊れてなくて良かったが、やはりそれだと尚更ビデオが無くなり、すぐに戻ってきた意味がわ
からない。ビデオが盗まれたのなら、盗んだ理由というのがあるはずだ。だが、ビデオもテープ
も無事だ。
 そして堀田。色々とひっかかる。何故俺達に気づいて逃げたのか。何故俺から露骨に目を反
らしたのか……?
 ていうか視聴覚室に入った時から気づいてたけど、何故か机に漫画が置いてある。誰かの
忘れ物かと思ったが、最近視聴覚室を使っているのは俺たちだけのはずだ。
 いったい誰の漫画だろう?
「なぁ藤崎。この漫画に何か心当たりないか?」
 藤崎は、無言で首を横にふるふると振った。
「その漫画持ってるけど、私七巻までしか持ってない。それ、十二巻だもん」
 ビデオと漫画。この関連性はなんだろう?
 今更言うまでもないが、佳織の家は本屋である。

 漫画を視聴覚室から持ち帰り、教室に戻った。
「なぁ佳織。この漫画見て、なんか思わない?」
 そう聞くと、佳織は最大限に目を見開いて「あぁ!」と漫画をビシィっと指差しながら叫んだ。
「そ、それ。私の本屋で盗まれたやつだ」
 俺はつい「あぁー」と声に出し、手で顔を隠して壁に寄りかかりたい気分になったが、こらえ
た。
「視聴覚室に置いてあったぞ」
「嘘……」
 多分赤城は、ビデオを見つけたときその場にあった漫画なんかに目もくれなかったのだろう。
だって大事なビデオが見つかったのだから。
「その漫画、あの撮影の日に盗まれてたの。お店閉めたあとね、売り上げの計算してたらどう
しても合わなくて……。調べたら、売れてないはずのその漫画が無くて……」
 万引き。嫌な予感が、足元からゾワゾワと這い上がってくるような気分になる。
 予感は外れてほしい。
 すると、井出は無言でその漫画を取り上げると、教室の隅であくびをしている堀田に向かって
ズンズンと歩き出した。堀田と井出は、たまに話しをする仲なのだ。
「おい堀田。お前、この漫画の十二巻欲しいって言ってたよな」
 堀田は、テストで悪い点を取ったのを親にバレた時のような顔になったが、すぐに強気に睨
み返した。
「だから?」
「この漫画、視聴覚室にあったんだ。で、こんなこと言いたくないけど、俺たちが撮影してた日、
この漫画が佳織の本屋で盗まれてたそうだ。で、あの日お前本屋にいたよな? ちゃんと映像
に写ってるんだよ」
 ちょっと待て。確かにお前と考えてることは同じだ。でも、そんなストレートに聞いてどうする。
そんなあてずっぽに近い予想だけでそこまで言うのはまずい。もし勘違いだったら……。
 堀田は睨み続けた。血の気盛んな奴なのでキレるかと思ったが、意外にもおとなしく「どうで
もいいじゃん」と答えた。
 どうでもいいじゃん。それはつまり、はいやりましたと言ってるようなものだ。
「お前、ふざけるなよ!」
 そう井出が叫んだ。ヤバイと思い、井出に駆け寄って首根っこを掴む。だが、井出の力は強
く、なかなか引き離せない。
 この光景を、クラスの皆は興味ありげに見ているだけだ。ちきしょう、こんなもんか。クラスっ
てのは所詮こんなものなのか!
 堀田に詰め寄ろうとする井出をなんとか抑える。赤城と佳織はよく状況を掴めていないようだ
が、とりあえず堀田を遠くまでズルズルと引きずっている。
「おい井出。落ち着け。話しを聞いてやれよ」
「あぁ聞こうとしてるさ。ほら話せよ堀田!
「うっさいな。えぇそうよ。その漫画盗んだのも私。そのビデオも私よ」」
 ハッキリとそう言った。更に井出は堀田に詰め寄ろうとしたが、藤崎も井出を引き離そうとす
る。そして俺が友達に目をやると、嫌そうな顔をしながらも、井出を引き離すのを手伝ってくれ
た。

 ビデオを盗んだのは堀田だった。そして漫画も盗んでいた。これで事件は解決した。
 いや、本当に解決したのだろうか? まだ謎は残る。まず、何故ビデオと漫画を盗んだ? そ
して、何故返した? もっと言うと、どうしてあっさりと盗んだことを認めたのか。
 少し考えて、ビデオを盗んだ理由はなんとなく想像できる。まず、佳織の本屋で漫画を盗む。
ちなみに堀田は、あの本屋が佳織の家だということは、多分知らなかったのだろう。
 漫画を盗んだあと、撮影している俺たちを見つけた。相当焦っただろう。そして佳織の言うと
おり、驚いて逃げた。
 堀田は不安になった。もしもあのビデオに自分が写っていたら、と。だが、写っていたとして
も、漫画は持っていた鞄かなにかに当然隠していただろうし、写っていただけでバレるはずは
ない。
 だが、それでも不安だったのだろう。だからビデオを盗んだ。
 では何故、テープだけを盗まなかったのか。それは人の物を盗む時、気が動転していてビデ
オごと盗んだのではないか?
 そして最大の謎。それは何故ビデオも漫画も返したのか。
 一つだけ、予想できることがある。だが、それは予想というよりは、こうあってほしいという希
望に近い。
 撮影が終わったあと、俺はテープを最初まで巻き戻した。しかし今日視聴覚室で見ようとした
とき、テープは最後の所で止まっていた。最初まで巻き戻したはずのテープが最後で止まって
いたということは、誰かがいじったのだろう。
 普通に考えれば赤城だ。パンフを書き終わった後、確認したのだろう。
 だが、こう考えるのはどうだろうか。堀田はビデオを盗む。そしてなんとなく、暇潰しにでもとテ
ープを最後まで見たのかもしれない。もし見ていたとしたら、笑っただろう。波状したストーリー
に、アドリブかと思うほどの適当な台詞。ぎこちない演技。
 だが、内容はアレでも、努力している姿はちゃんと映っていたのかもしれない。
 それで堀田が強い罪悪感にかられたのでは……。それに堀田は、とてつもない悪とも思えな
い。根っから性格がひん曲がっている奴なら、冷静にビデオからテープだけを抜き取って、壊
すなり捨てただろう。テープの中身になんて見向きもしないに決まってる。
 だが、堀田は盗む時動揺していたのかビデオごと盗んだし、ビデオとテープと漫画は結局返
した。それに素直に盗んだのは自分だと認めた。
 ……これが、俺の思いつく希望というか、妄想である。今回の件はとても残念だったが、もし
も俺の思いついた考え通りであれば、まだ気が楽だ。
 今すぐにでも堀田に、どうして盗んだんだと聞きたい気持ちはもちろんある。だが、聞かな
い。いずれ堀田から盗んだ理由を言ってくれる日を待つ。堀田のことはよく知らないし、悪い評
判は沢山聞く。
 それでも、クラスメートに変わりはないのだから、自分から言ってくれるまで信じて待ってみよ
う。
 今はそうだな……。考えるより、行動に出るのが先だ。皆落ち込んでいる。赤城は悩み続け
ていたし、藤崎は励まそうとしてくれた。井出はとにかく腹を立てていた。佳織は心配してくれ
た。
 さて、たまには俺が率先して、落ち込んでいる皆を引っ張っていこうじゃないか。
 放課後、皆に言うのだ。撮影さっさとやろうぜ、と。






TOP