ビスケットなんか興味ない




 放課後の部室でのんびりと本を読むというのはとても落ち着くので、俺は放課後のこの時間
が結構好きだ。
 だが、今日は落ち着くことの出来ない事がある。何故か、机にビスケットが入った包み袋が
置いてあるのだ。
 かなりお洒落で小さい袋には、「ハチミツビスケット」とかわいい文字で書かれている。
 そう、これはユーパロファクトリーというお菓子メーカー(結構人気で、誰でも知ってるぐらい有
名な会社)が、プレゼント用ビスケットとして売り出しているものだ。確かに見た目はバレンタイ
ン用の包み袋みたいだ。
 だが、どうして俺の目の前にあるかがわからない。何故放課後の新聞部の部室に、このビス
ケットが?
 そんなことを考えていると、突然部室のドアが勢いよく開いた。
「早速原稿書きましょう! 春休み特大号よ」
 白井綾。たった二人の新聞部をまとめる部長だ。高い身長に長い黒髪が似合っていて、見た
目はどことなくクールだが、中身は少々奇天烈な部分がある。それに加えて超強気だし、とに
かく明るい。
 こいつとは幼稚園からの幼馴染だが、クールなところを見たことは一度もない。
「……なに、そのビスケット」
 白井は金平糖を口の中で躍らせながら、そう聞いてきた。
「ハチミツビスケット」
「アンタの?」
「違う」
 白井は目を細めてわざとらしく怪しむ目つきをつくり、言った。
「じゃあ、誰のよ」
「知らん。俺がここに来たら置いてあったんだ」
「本当に? なんか怪しいね」
 白井はスカートのポケットからポッキーの袋を取り出し、破いて一本取り出した。そしてポッキ
ーでビスケットの袋を突きだした、
「……そんな怪しいもん、さっさと捨てて原稿書こうぜ。書きたくないけど、書かなきゃダメならさ
っさと書きたい」
「ねぇ、どうしてよりによって、プレゼント用のこのビスケットなの? これ、お洒落で女の子に人
気あるのよ」
 白井はビスケットの袋を見ながら、ポッキーを一本俺の顔に突き出してそう言った。一本もら
う。
「知るかよそんなの。どういう意味があるにしろ、俺は興味ないね。ていうか、得たいの知れな
いものが置いてあると落ち着かないから、早く捨てちまえよ」」
 白井は冷たい目で俺を見た。どうせ、この人って本当に何に対しても興味の沸かない好奇心
の薄いつまらない人なのねこんな理解に苦しむ展開なんだがら少しは考えたり楽しんだりすれ
ばいいのに見てて腹立つわねとか思ってるんだろう。
「ねぇ、気になるじゃない! 放っておくなんて出来ないよ!」
 白井はポッキーを上下にぶんぶんと振り回しながら、甲高い声でそう訴えてくる。素で面倒だ
しどうでもいい。
 さてどうするか。俺は自分に質問をする。こんな些細でどうでもいいことは、スルーしても問題
はないだろう。だが白井はこうして駄々をこねている。俺は白井の訴えを聞く必要があるか、な
いか。
 答えはいちいち考える必要はない。
「知らん。お前がもらっとけ」
「なにそれ。アンタね、もう少し好奇心っての持ちなさいよ。謎が目の前にあるのよ。考えましょ
うよ」
「興味がない。俺はさっさと原稿書いて帰りたいんだ」
 白井はわざとらしくふてくされた態度を前面に出しつつも、俺の意見に従ってくれた。
 人間っていうのは、やるべき事をやらずに、どうでも良い事を優先してやりたがる。戦争して
自然とかいろんなものを破壊する前に、今よりも一層自然を守る必要があるのと同じように、
俺たちはお菓子ごときで騒ぐ前に、さっさと原稿を書き上げなければならないのだ。このビスケ
ットの謎を解明するのは、原稿が書きあがって暇でしょうがなくなった時でも遅くはないだろう。
 と、そんなことを思っても、所詮は人間だ。俺だって、どうでもいいことを優先してしまう時があ
るかもしれない。

 翌日、ホームルーム前のうるさい教室。俺は友人とまったりと雑談タイムを過ごしていた。
 ふとクラスの女子が目に入る。野々宮玲。こいつとはそこそこに親交があり、なおかつこいつ
は頭の回転が凄まじく良い。
 なんとなく、本当になんとなく、深い意味はない。ただ、ふと昨日の白井とのやり取りが頭に思
い出された。
 やるべき事をやらずに、やらなくていい事をやるのはいけないが、何もやる事がない時に、や
らなくていい事をやるのは、別に無駄なことではないかもしれない。
 賢い野々宮に聞けば、何かヒントを得られるかもしれない。だから、別に俺が野々宮に昨日
の話をするのは、いやまったく白井の願いを叶えたいとかそういう気持ちではなく、ただ、気ま
ぐれだ。
「なぁ、野々宮」
「なに? 海藤君」
 野々宮はショートカットで、パーマをかけてなかなかお洒落な髪をしている。まぁ言うまでもなく
頭髪検査のA級戦犯だが。
目はキツく、一見近寄りがたい。どことなく嫌味で生意気で世間知らずなお嬢様的(実際、社長
の娘なのでお嬢様といえばお嬢様なのだが)な雰囲気を人に与えるが、実際のところは間逆
で、よく現実を見ているしっかり者だ。
「昨日の放課後、部室にビスケットが置いてあったんだ。つっても手作りじゃなくて、どっかの会
社が出してるプレゼント用のあのビスケットだよ。袋がすげぇお洒落な」
「あら、良かったわね」
 野々宮はなんともいえない顔でそう答えた。
「でも、誰が置いたかとか、なんで置いたかとか、とにかく全てわからないんだ。お前なら、どう
思う?」
「え……。新聞部へのお礼とか?」
 まぁ妥当といえば妥当な意見だが、それじゃつまらない。
 いや、つまらなくていいのか。どうも人間は、つまらない答えや現実を認めようとせず、嘘だと
解っていても、面白い意見を信じたがる。
「なるほど……。そこまでされるほどの良い記事は、書いた覚えないけど」
「それぐらいしか思いつかないわ。でも、お礼だったら直接言葉で伝えたがるわよね。だった
ら、置いたままにしておくかしら」
「自分で言っといて速攻で意見却下かよ」
 そう言うと、野々宮はあからさまにイラッとした態度を見せた。もみあげをぐりぐりといじりなが
ら、言う。
「知らないわよそんなの。自分で考えなさいよ!」
 怒られてしまった。
 だがまぁ、野々宮の言ってることはもっともだ。そんなの、どうだっていいし、真実がわかるわ
けがない。何せヒントは何もないのだから。
「おはよー!」
 声の方を見ると、白井が鞄をぶんぶん振り回しながら笑顔でやってきた。
 俺と野々宮を見た瞬間、白井は一瞬ピタリと固まった。フリーズかと思った途端、俺を凄まじ
い剣幕で睨みつけてきた。
「……おはよう白井」
「おはよう野々宮さん。あ、飴あげる」
「有難う白井さん。あ、聞いたわよ。謎のビスケットの話」
 白井はチラリと俺の顔を見て、野々宮に向き直って言った。
「昨日家で考えたんだけど、やっぱりわからないわ。だって手がかりが何もないんだもん」
 白井は飴をガリっと音を立てながら噛み砕いた。そして砕いた飴を口の中で躍らせる動作
が、口の動きでよくわかる。
「そうよねぇ。なーんにも手がかりないんじゃ、考えようがないしね」
 野々宮はスカートのポケットから檸檬の匂いのするリップクリームを取り出して、唇に塗りな
がら話を続けた。
「海藤君、その時気づいた事とか、なかった?」
「駿の話聞いても無駄よ。こいつ昔からバカだから」
「バカとはなんだ。同じ学校じゃないか」
 同じ私立明清東高校同士、今後とも宜しく。
「言い返しますけどね、なんで同じ学校なのにテストの点数、私と駿では点数の差が大きいの
かしら」」
 嫌味を言われたところで、救いのチャイムが鳴った。先生が教室にのっそりと入ってくる。
 授業は、今日もいつも通り始まる。

 放課後の部室で、白井はまだ騒いでいた。
「ねぇ、このビスケット本当にどうする?」
「だから、捨てればいいだろ」
 白井は椅子を乱暴に持ち上げ、窓際に置いて足を組みながら陣取り、俺をにらみつける。
「ねぇ、不思議よね。これ、私何回か食べたことあるの。一個三百円よ? ちっちゃい包み袋に
ビスケットが数個入ってるだけのお菓子が、三百円よ?」
「プレゼント用ってぐらいだから、味は良いんだろう?」
「まぁ確かに味は良かったわよ。だって、ユーパロファクトリーのお菓子はなんでもおいしいも
ん。……そこのワックス取って」
 何を偉そうに。だが机においてあるワックスをへこへこと白井に渡している自分が情けない。
 白井はワックスを前髪の右部分に適当に塗り、横に流す。
「どう?」
「似合ってる」
 白井は少し微笑み、続けた。
「悪意はないと思うの。じゃあ、もちろん善意よね」
「善意なら別にいいじゃん」
「だからその考えがおかしいの! 善意だからこそ考えなきゃ! 誰がこのビスケットを置いて
いったのかをね」
 白井はワックスが邪魔くさくなったのか、面倒そうに立ち上がり、机に置こうとして、俺を見
た。
「アンタ、今日ワックスつけてないの?」
「寝坊したんで」
 と言うと、白井はワックスのフタを開けて、指にまんべんなく塗り、俺の頭をわしづかみにして
きた。
 何か言おうとしたが、白井は楽しそうに俺の髪をわしゃわしゃといじり、前髪の毛先をぐりぐり
いじったり、頭のトップを立たせていく。
「うん、これでカッコよくなったよ……髪型だけね」
 席に戻り、再び足を組む。
「置かれた時間は、考えてもまぁキリがないでしょう」
 俺に選択権はない。こんなのいちいち考えたくはないが、気づくともうこいつのペースにやら
れている。いつ誰がビスケットの話をしたいと言った?
「じゃあ誰が置いたのか。まずは、これまでの新聞を調べて、心あたりのある者を探すのよ」
 まぁそれが一番妥当といえるかな。善意で置いたのなら、我が明清東新聞部の新聞で、何か
感動を受けた者がいて、その人がお礼をしたいと考える。でも恥ずかしいからそっとプレゼント
用のビスケットを置いておく。いやぁなんとも心温まるストーリーだ。だがそんなの漫画の世界
だけでいい。実際のところ、理由なんかどうでもいいのだ。
 だって、そうだろう。普通なら「ありがとう」の一言で済まされる。それに、持ち主不明のビスケ
ットを部室にそっと置いておくのは、お礼ではない。むしろ迷惑だ。
 そんなことをぐだぐだ考えていると、白井は本棚から新聞のバックナンバーを持ってきた。
「今日が三月一日でしょ。で、前の号は……」
「もう三月か。俺たち、後一ヶ月でもう三年生なんだな。いやもう、こんなくだらない事をしてる場
合じゃない」
「前の号は一月二十八日よ。内容は冬休み明けての学校の雰囲気についてのコラム、頭髪検
査のコラム、部活の活動紹介」
 何気に二月号をスルーしている事の方が気になる。新聞は一月に一回発行という決まりなの
だが、二月はどうも忙しくて発行できなかった。まぁ、そもそも学校新聞なんて書くことそんなに
ないし、むしろ発行する月の方が少ないかもしれない。
 だからこそ俺はこの部に籍を置いている。白井との雑談が楽しみだからここにいるというの
も、まぁ嘘ではない。だが、この部での時間は凄くのんびり過ごせる。それに、長い活動時間も
ないので、俺の大事な時間を根こそぎ削らない。
「特定の人間を指した記事はないわね。更に前の号は、十月二十八日。……特に何もないわ
ねぇ」
 白井はため息をつき、足を組み替える。一瞬見えるかと思ったが、残念。見えなかった。
「……何?」
「いや、なんでもない」
 目線で気づかれたかと思ったが、白井は苛々しながら髪をかきむしる。
 なぁ白井。俺たちはこんなことをやる前に、春休み前の特大号を書くんじゃなかったのか? 
やっぱり、人間はどうでもいい事を優先したがる。これじゃあ人間は進歩しない。
 だがこの女は、ひたすらに新聞をあさりまくる。
 結局、なんの成果も得られないまま、今日は終わった。

 だが、翌日事態は急展開を迎える。
 昼休み、弁当をつついていると、一人の女が俺の目の前に立っていた。
「……誰?」
「あ、えっと、私、相川沙希っていいます。一年です。あの、白井先輩と同じ保健委員会で、い
つも良くしてもらってます」
 この相川とかいう女は、髪はセミロングで、顔はおとなしめで、全体的におっとりした雰囲気
だ。普通なら地味系と呼ばれてもおかしくないほどにおとなしい見た目だが、目は異常に大き
く、パッチリしていて綺麗だ。例えるならリスみたいにくりくりしている。
 声はかなり高い。そして、どことなく作っている感じを受ける。そう、女子が電話でわざとらしく
声を高くするみたいに。
 つい見とれてしまったが、相川は特に気にせず、話を続ける。
「あの、昨日白井先輩がビスケットの件で愚痴ってて」
「愚痴か。いや愚痴を聞いてもらってすまんな。俺が代わりに誤るよ。マジで悪かった」
「それで、その、ちょっとその事で白井先輩にお話があったんですけど」
「そのキョドった喋り方止めろ。そういうの嫌いなんでね。俺のことは同級生のしがない男子とし
て見て話せ」
 そういうと、相川はすぅっと息を吸い、話を続けた。
「で、今言った通り白井先輩探してるんですけど、どこにいるんですか?」
 相川はいきなり声のトーンをガクッと下げて、面倒そうな喋り方でそう言った。
「しらん。あいつは常に飛び回ってるからな。メールで呼べばいいんじゃないか?」
「今日携帯忘れたんです。だからわざわざ教室まで来たんです」
 相川は、あまり会わない人に会う前にはメールしてから会いに行くのが当然じゃない。なにい
ってんのこの男、という目で俺をみてくる。だがな相川、普通学校で人に会うときはな、いちい
ちメールしないで自然に出会うもんなんだぞ。メールで報告してから会うなんて、ちょっと機械的
すぎやしないか? ……いや、俺は考えることが古臭くないか?
「俺がメールして呼んでもいいけど、面倒だし、俺が伝えるよ」
「えっとね、実は私、二日前に見てたんです」
「何を?」
 相川はもったいぶらすためか、少し間を置いて、言った。
「昼休みに、新聞部の部室にビスケットの袋を置いた人を、です」
 相川は、ニコリと笑った。

 俺は悩むことは嫌いだ。人生は、なるべく悩むことなく気楽に生きていきたいと思っている。
 だが、俺も人間だ。悩む時もある。
 相川の話だと、ビスケットを置いたのは、なんと野々宮だというのだ。これで悩まずにいられ
る訳がない。
 まず、何故置いたのかが全くわからないし、どうして俺が野々宮に相談したときに、あいつは
本当のことを言わなかったのか。
 可能性として、俺と白井のどちらか、あるいは俺たち二人に何か感謝していたからプレゼント
したという理由はどうだろうか?
 俺はこの理由を否定する。まず感謝したいのなら、俺が野々宮に相談したときに隠す必要が
ないし、まずビスケットを直接本人に渡せばいいだけのことだ。
 ではもう一つの理由。部室に置いておくということは……。特別な好意があっての行動ではな
いのだろうか?
 これも考え難い。なんにせよプレゼント用のビスケットなんてもの、直接渡すのが一番良いに
決まっている。
 行き詰まりか。いや違う。俺は唯一ありえそうな可能性を思いついたのだ。そう、俺の誕生日
は二月二十八日なのだ。プレゼント用のクッキーが置かれたのも、二十八日。
 さて、女子が部室にこっそりと、男子の誕生日にプレゼント用のお洒落なビスケットを置いて
いく。これは果たして、どういう意味を持つのだろうか?
 もしかして、野々宮。まさかお前は、俺の事を……?
 そうか、俺にもついにモテ期が来たのか? いや、待て。うかれるのはまだ早い。まだ確定し
たわけではないのだ。

 野々宮は放課後、特に用事は無いらしく、そそくさと帰ろうとしていた。
「おい、野々宮」
「なに?」
 野々宮は携帯をカタカタ打ちながら俺を振り返る。
「ちょっと、いいか」
「面倒くさいんだけど」
「いいから、少し時間よこせ」
 野々宮はわざとらしく小さく溜息をつき、近くの椅子に腰掛けた。教室には俺たち以外誰もい
ない。
「あのビスケットを置いたのは、お前なんだろ?」
 俺はこの発言をした瞬間、野々宮は目をまんまるにして驚くと予想していた。だが、野々宮の
反応は違った。
「まぁ、そうだけど」
「……なんで俺が聞いた時、本当のこと言わなかった?」
 俺がそう言うと、野々宮はニヤリと笑った。
「なんか今後の展開が面白そうだったから」
「おい、なんだそれ。俺結構悩んだんだぞ。だって、俺は白井のことが」
「バカ?」
「は?」
「あれは確かに貴方の誕生日プレゼントだけど、家に沢山あったからせっかくだし……と思って
渡しただけ。深い意味ないわよ。直接渡したらなんか勘違いされそうで嫌だったもん。それこ
そ、深い意味あったら直接渡すしね。第一、もしも先に白井さんに見つかったらしょうがないじ
ゃない」
 野々宮は、再度ニヤリと笑った。
「ていうか気づかない貴方達が悪いのよ? 私が社長の娘だってこと、知ってるでしょ?」
「まぁ、知ってるけど」
「会社名は?」
 血の気が引いた。



「ユーパロファクトリー」




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