万引き疑惑




 同級生の藤崎奈実は朝教室に入ってくるなり、サラサラの長い髪をぶんぶんと乱しながら、
俺めがけて凄まじい勢いで突進してきた。
「み、みみみ水山君!」
 ついには甲高い声で叫びだした。高くて透き通った、綺麗な声。リスみたいにくりくりした瞳
は、まっすぐこちらを見つめている。色白の肌はほんの少し紅潮してるようにも見える。小さい
顔、いちいち整った顔のパーツ。細い体。紺色ブレザーに緑と赤のチェックのスカート。スカート
は太ももまで短くして、おしげなく白い足を見せている。やがて俺の席まで来ると、机に思いっ
きり体をぶつけてよろける。しかしそんなこと気にせずにこちらを上目遣いで見つめてきたあ
と、なんと顔をグイッと近づけてきた。
 しかし、さすがに俺の驚いてる様子を見て気がついたのか、藤崎は顔を離した。
「み、水山君!」
「おう」
「水山君」
「おう」
 藤崎は天然というか、ちょいと変わったところがあるので、いかにこいつが興奮していても、
自分は冷静でいないといけない。こいつと一緒に「ど、どどどうした!」と慌ててしまったら、収
拾がつかなくなる。
「い、井出君がね、井出君がね。井出君なの!」
「そうか、そうだな。確かに井出は井出だな」
 井出達也。俺の高一からの友達である。ちなみにクラスは一度も同じになったことはないが、
藤崎とは高一から一緒で、現在同じ二年H組。
 井出はまぁお調子者だが悪いやつではなく、メリハリのつけれるやつで、騒ぐときは騒ぐけ
ど、確実に場の空気を読んで対処できるという、なかなかに付き合いやすい友達だ。
「あのね、井出君が万引きしてるの!」
 悪い奴ではないので、もちろん万引きをするような奴ではない。
 俺はそう信じている。だが、井出のことをどう信じていようが、他人の中身を完全に知ること
は不可能だ。でもそれでも、やっぱり俺は井出が万引きをするようなやつじゃないと確信してい
る。
 ハッキリと、それはなにかの間違いだと言いたい。しかし、その前に藤崎の説明を聞くのが正
しい判断だろう。
「なんでそう思うんだ?」
「だってだって、ひゃ、百均でものすっごい挙動不審でうろうろしてるの見たんだもん。それで
ね、私はずっと棚に隠れて見張ってたの。もし変なことしたら回し蹴りでもなんでもして、お説教
するつもりで。でも私、井出君に見つかっちゃって、軽く会釈して帰っちゃった」
 ふむ。挙動不審で店をうろうろする井出は確かに怪しいが、挙動不審な友達を棚に隠れてじ
っと見ているお前も、じゅうぶん怪しいぞ。普通に話しかければいいじゃん……。
 だが、確かに井出の挙動不審は気になる。
 ……まぁ、どうでもいいか。そんなこと自分には微塵も関係ないし、俺はなるべくつつましく生
きたいのだ。まして他人の挙動不審な行動まで気にしていられない。
 俺は、アクセル全開でどんどん流れていく高校生活から、滑り落ちないように必死で毎日を
生きるのに精一杯なんだ。友達のそんな行動ごとき、いちいち気にしていたら身がもたない。
 まして、藤崎の珍発言も気にしてはいられない。
 ここは強引にでも、話しを変えようと思い、なんとなしにポカリを一口飲む。
「そうだ藤崎。貯金結構貯まったからゲームでも買おうと思うんだけどさ、DSとPSPどっちが良
いと思う?」
「PSP。ねぇ、井出君絶対万引きとか、変なことしてるよ。どうにかしないと。井出君を悪魔から
助けてあげないと」
「お前昨日の晩飯なに食った? 俺はカレーだったけど」
「うどんとサラダとたくあん。たくあんはやっぱおいしいよね。で、井出君今日もいるかもしれな
い。だって私が見たのは学校帰りだったから!」
 もうダメだ。こいつの暴走はもう止まりそうにない。
 まぁ、確かに俺はやる気のない人間だが、なにも冷血人間ではない。友達が挙動不審な行
動で店にいた。その行動を藤崎が見て心配している。そして友達を心配している友達が助けて
あげないと、と言っているのだから、手を貸すのは自然だろう。その助けるという言葉にあまり
ピンとこないが。
 あ、危ない。その前に言っておかなければ。
「待てよ藤崎。井出はそんなことするやつじゃないだろう?」
 よし、言ったぞ。危うく言うのを忘れるところだった。
「だからこそ、心配なんじゃない。今日さっそく百均に行こう。井出君が道を外れる前に」
 めんどくせぇな。
 だいたい、友達の行動を見張るなんて、あまり良いことじゃないぞ。あまり気の進むことでは
ない。でも……。
 こういうのって、面白いものなんだよな。

 ちなみにその百均とは、琴別タウンにあるという。琴別タウンとはいろいろなチェーン店が集
まったところで、百均のほかに床屋、電化製品店、薬屋、ケーキ屋などとにかく色々な店が、で
かい駐車場を囲むように建っている。
 帰りのホームルームを終えて藤崎と一緒に玄関まで行くと、友達がニヤニヤしながらこちら
に寄ってきた。
「二人とも、やーっと付き合い始めたのか?」
 そんなんじゃない。あぁそうさ、残念なことにそんなんじゃないさ!
 藤崎は作り笑いをして言った。
「付き合ってないよ。私達、そういうのじゃないもん」
 するとその友達は、藤崎の顔よりも太ももにチラチラと目をやりながら「じゃあメルアド教えて
よ」と言い出した。どうやらこいつとは拳で今世紀最大の戦いをする必要があるらしい。まだ今
世紀始まったばかりだけど。
 藤崎は笑いながらも少し困った顔をしていた。その友達もさすがに空気を読んだのか、苦笑
いしながら去って行った。藤崎は高一からとてもモテているが、いまだに付き合った人はいない
らしい。
 二人で自転車を走らせ琴別タウンの百均にたどり着く。
 あぁなんか、後ろめたくなってきたな。やっぱり友達を陰でコソコソと見るという行為は、さす
がに気が引ける。
 しかし藤崎はズンズンと進んでいく。友達が少しでも怪しい行動をしていたら、物凄く心配して
行動に出る。その行動力はちょっとほしいかな。
 店内は正方形でなかなかに広い。そしてなんとビックリ、入り口から見て左斜めの奥に井出
がいた。
 いや待て。ビックリするのはおかしい。ただ井出が店にいるだけじゃないか。じゃあ何故驚い
たかというと、それは多分ほんの少しでも、もしかして……という疑いの気持ちが俺の中にあっ
たということだ。
 少しブルーになったが、藤崎が死角になる棚に隠れたので俺もそれに続く。
「水山君、ほら、井出君とーっても挙動不審。怪しい。怪しいよ」
「ん……。なんか、あいつ遠く見てないか?」
 確かにキョロキョロしているが、井出は目の前の棚ではなく、更に奥の棚を見ている。しかし
なにを見ているのかはわからないし、棚や人が邪魔で井出すらも少ししか見えない。もうちょっ
と見えやすい場所はないか。
 その時、今度こそ本当に驚いた。なんと井出が凄まじいスピードで出入り口まで走りだした。
そして店から出て行った後、私服警備員と思われる大人が二人走っていった。
 ……マジで?
「い、いい井出君!」
 気づくと藤崎も走り出していた。物凄いスピードで。ちなみに藤崎はめちゃくちゃ足が速く、体
育祭ではいつもリレーの選手に選ばれている。とりあえず俺も後を追う。
 出入り口に近いこともあってか、藤崎は私服警備員よりも先に井出に追いつき、走った勢い
のまま体当たりをした。
「井出君のバカ!」
 と言い、藤崎は地面に倒れた井出に馬乗りになり強烈なビンタを食らわせた。い、痛そう。
 そして、またもや俺は驚いた。なんと私服警備員は井出を通り越して駐車場へと走っていっ
た。
 井出と目が合う。
「お前、何してんだ……?」
 井出は倒れたまま、怒鳴りながら言った。
「お前らが何してんだ! 千瀬だよ、千瀬奈々!」
 千瀬奈々とは、俺達の共通の友達である。ちなみに他校。
「最近千瀬が万引きしてるって、千瀬の友達に聞いたんだよ! だから千瀬にそんな事は止め
ろって言ったんだ。でもあいつやってないの一点張りだからよ。こうして見張って現場を抑え
て、一発ビンタでも食らわせて目覚ませようとしてたんだよ! お前ら、なんてことしてくれたん
だっ。つーか、なんで千瀬に気づかなかったんだよ。あーもう、どっか行っちゃったよ」
 ……なんと。
「な、奈々ちゃん!」
 藤崎は、顔を真っ赤にして走り出した。やがて私服警備員を抜き去り、駐車場を出て琴別タ
ウンを出て行った。
 今後の井出との事を考えると、頭が痛くなった。


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