買えないメロンパン



 
 私は偽善者なんじゃないか。最近そう思う。自分は本当は冷たい人間で、人に優しくするの
は自分のため。優しく振舞わないと、友達は友達でいてくれない。そう感じてる。
 三年間、明清東高校の生徒会長をやってたけど、なんでやってたのか、ハッキリとしない。て
いうか、生徒会長自ら髪をウェーブさせ、規則違反をしていた。
 十一月にもなると、新しい生徒会役員が決まる。三年生である私は、大学を推薦で受ける。
だから、別に進路や未来で焦っているわけではない。
 でも、何かに焦ってる。見えない何かに焦ってる。いや、何も見えないから焦ってる。私は、こ
の高校生活で、何かやれただろうか。何か掴んだだろうか。また、何を失ったんだろう。
 何を得て、何を失った? 何を学んだ?
 今一度見直してみても、ハッキリとわからない。でも、楽しかったという事実は、確かにある。
それは確かに満足できることだけど、それだけじゃない。私自身の、もっと精神的な、心の奥
底の、大事なことがわからない。
 優しさ。私は、良い人間になれたのかな。高校生活で、少しは成長したのかな。大人になった
ら、どんな人間になるのかな。勉強なんかしたって、生きることについて知ることは出来ない。
自分を知ることも出来ない。私を解ってくれる人もいない。
 そんなもやもやした気持ちが、私の体を支配してる。友達を大事にしたい気持ちはとても強
いのに、それでも自分は偽善者なんじゃないかと、どうしても思ってしまう。
 なんか最近、私色々なこと考えてる。
「令ちゃん! 私おなかすいた!」
 と、綾ちゃんは突然叫んだ。今、私は綾ちゃんの部室にいる。明清東新聞部。部長は綾ちゃ
ん。もう一人の部員は、幼馴染の海藤駿君。部員二人しかいないけど、立派な部活。
 私は生徒会新聞部に所属していて、たまに綾ちゃんの部活のお手伝いをしている。ていう
か、最近は自分の部に顔を出していない。だって、私はもう生徒会の人間じゃないし、しばらく
は一、二年生と、新しい生徒会役員たちに任せることにしている。新しいメンバーで、新たな生
徒会新聞部の形を作って欲しい。部員は二十名ほどいるので、まとまるのに時間はかかるだ
ろうけど。
「綾ちゃん。今まさにアイス食べてるじゃない」
 近くのコンビニで買ってきたハーゲンダッツのアイスを、ぱくぱく食べている。綾ちゃんのスト
レス解消方は、お菓子とカラオケと海藤君と一緒にいること。ま、最後の一つを言ったら、綾ち
ゃん超怒るから言わないけど。
「最近さ、進路とか将来とかで、すっごい悩んでるの。大学は推薦だけどさ、私は本当にそこに
行きたいのかなって。行って何するのかなって」
「それに海藤君は専門学校だしね。そりゃ、綾ちゃんにしてみれば生きるか死ぬかの問題だ
わ」
 綾ちゃんは、「そんなことないから!」と、顔を真っ赤にして叫んだ。
 あぁ、もう! イライラするわね。好きじゃなかったら、授業中海藤君を十分も見つめないでし
ょっ。海藤君が他の女の子と話してるだけで落ち込むくせに、もうっ。
 ……あ、ダメだ。またそんな事考えてしまう。綾ちゃんは恥ずかしがりやなんだから、しょうが
ないじゃん。ただ、私があまり恥ずかしがらない性格なだけなんだから。ちゃんと他人を理解し
ないと!
「でも綾ちゃん。お菓子食べ過ぎると、太るよ?」
「私は食べても食べても太らないの!」
「ブレザーに、アイスついてるよ」
 私はアイスを取ってあげながら、つい溜息をついた。細い腕に細い足に、綺麗な顔。白い肌。
いいなぁ、可愛くて。本当に羨ましい。髪はサラサラ。唇は薄くて綺麗。目はパッチリ。声綺麗。
食べても太らない。完璧じゃん。
 私なんか食べ過ぎると太るし、目キツイし正確キツイし……。綾ちゃんみたいに綺麗になりた
いなぁ。ていうか、髪伸ばしたいけど、丸顔だからあんまり伸ばすと似合わないのよね。
 綾ちゃんは、突然机に置いてあったポッキーを、ティッシュの上で二、三本指で砕きだした。こ
の子は冷静で賢い子だけど、たまに奇行に走ることがある。
 ポッキーを適当に砕くと、それをアイスの中にバラバラと突っ込む。
「イチゴ味のアイスにこれを入れると……。イチゴチョコチップアイスの完成よ!」
「なんか色々と何から何まで間違ってるから!」
 この子のストレスは、相当なようだ。な、なんとかしてあげられないかな。
 綾ちゃんはアイスを食べ終わると、次はポットのお湯を沸かしだした。コーヒーでも飲むらし
い。
「ねぇ、なんで部室にポット置いてるの? ていうか、どこから持ってきたのよ」
「家に古いポットあったから、これは部室に置くしかないと思ってね。カフェオレ飲む?」
「飲む。その発想はなかなか出てこないと思うよ」
 綾ちゃんは二人分のカフェオレを淹れ、急に真剣な顔になって言った。
「メロンパンが、どうしても買えないのよ」
「は?」
「購買のメロンパン、超人気あるじゃない? あれ、いつ行っても全然買えないのよ」
「あぁ……あれね。確かに人気あるけど、全然買えないってのはありえないんじゃない? てい
うか、私何回か食べたことあるしさ」
「いや、本当に買えないのよ。前までは確かに買えたけど、最近は全く買えないの。絶対に売り
切れ。ぜーったいにいつも売り切れてるの」
 そういえば、最近は確かに見ない。いつも売り切れになってた気がする。
 綾ちゃんはメロンパンが大好きで、私のお父さんの会社(ユーパロファクトリーというお菓子会
社)が製造している夕張メロンパンをいつも食べてくれている。あまりにも食べてくれるので、お
父さんに頼んで二十個タダであげた事がある。
 学校の購買のパンは、うちの会社のパンがほとんど。で、綾ちゃんの食べたがってるメロン
パンは、他のメーカーのパンだ。うちの高校の購買に、ユーパロファクトリーのメロンパンは置
いていない。
「あー。食べたいなぁ。誰よ買ってるの。やっぱ、三階は不利なのかなぁ」
 明清東高校はコの字型の校舎だ。で、校舎を正面から見て左に渡り廊下があり、そこから小
さい第二校舎に行ける。この第二校舎は、特別教室などがある。
 私達三年は、三階から一階に降りて、大ホールを横切り渡り廊下を渡り、第二校舎まで行か
なきゃならない。一年生は四階だからもっとキツイ。一階には特別教室や部室、そして二年生
の教室がある。もちろん、二年生が一番楽。
 うぅん。でも、綾ちゃんとってもストレスたまってるし、食べさせてあげたいなぁ。
「うちのパンじゃダメなの?」
「令ちゃんとこのパンは好きだけど、購買に売ってるあのパンも食べたいの。あのパンさ、中に
クリームがたーくさんは言ってるじゃない? あれがたまんないの!」
 と、笑顔でそう言った。笑顔はまだまだ子供っぽい。
「そう。そんなに食べたいなら、私がメロンパン、何がなんでも買って来てあげるわ。大丈夫、
足に自信は無いけど、そこらへんは根性でカバーするから。一度、そのメロンパンに挑戦して
みるわ」
 私は、ストレスが溜まっている友達のため、誓った。
 メロンパンを、必ず買ってやる、と。でも、ライバルである他社メーカーのパンを必死で買うっ
てのも、社長の娘としてあれだなぁ……。
 ま、いいか。ライバルというには、あまりにもそのメーカーは規模が小さすぎるから。だって、
名前すら思い出せないし。

 翌日の四時間目、私はうずうずしていた。
 後五分で授業が終わる。スタートダッシュが大事よ。足速くないし、教室も購買から遠いんだ
から。大丈夫。やれる。私はやれる。なんたって元生徒会長。……関係ないか。
 今、自分はとても必死だ。メロンパンは私が食べるんじゃない。綾ちゃんが食べるんだ。友達
が困ってるのに、放っておけるわけがない。
 でも、それは本当に優しさから来てるんだろうか。やっぱり偽善者なんじゃないだろうか。そん
なにパンが買えないのなら、私がチャレンジしてみる。
 なんで? 友達が困ってるから。そう、本当にそれだけなんだから。私は好きでやってる。偽
善でもなんでもない。私は性格悪いけど、友達のために、頑張るんだ。
 そんなこと考えてるうちに、後一分になった。もう少しっ。
 すると、ずっと寝ていた前の席にいる海藤君が、むくっと起き上がった。
 海藤君はぼんやりした目で後ろを振り向いた。目が合う。
「おはよう、海藤君」
「あぁ、野々宮。家が嵐で吹っ飛ぶ夢見てた。俺も一緒に吹っ飛ばされちまったよ。ははっ」
「もう授業終わるよ」
「あ、マジか」
 海藤君は思い切り伸びをした。それが合図かのように、チャイムが鳴る。私は凄まじい勢い
で椅子から立ち上がり、教室から出た。
 廊下をダッシュ。階段を下りる。一階についた。大ホールを向かって右へっ。渡り廊下に出
る。中庭にはまだ誰もいない。これはいけるっ。
 第二校舎に入り、購買部に入る。そこには、人がちらほらといた。
「おばちゃん! メロンパン一個!」
「あぁ、ついさっき売り切れたよ」
 私は腰が抜けそうになった。全身の力が抜ける。嘘、マジで? ありえないでしょ。まだ数分
だよ、数分。いくら私の足が速くないからって、授業終わって即効来たし、実際購買部に人はそ
んなにいない。
 でも売り切れは売り切れ。しょうがなく、私は三百五十円でおいしくない弁当とバナナオレを
買い、教室に戻った。
 階段を上るのも憂鬱だった。本当に売り切れだった。信じらんない。
 教室に戻ると、綾ちゃんは教室のドアの所で待っていてくれた。ここで、友達と仲良く話してい
るのを見たら、気分悪くなったかも。
「その顔じゃ、買えなかったみたいね」
「うん。信じられない気持ち」
 綾ちゃんは「本当にありえないよねぇ」と呟いた。
 あの数分で、誰が買ったんだろう。ていうか、メロンパンだって一個しかないわけじゃない。確
か、あのメロンパンはいつも棚に五個ほど乗っていた。そして週二くらいのペースで入荷されて
いたと思う。あのパンは、毎日あるわけじゃない。
 頑張って思い出す。今日が火曜日。……そうだ、火曜と水曜だ。よし、明日も頑張ろう。
「明日も挑戦してみる」
「えっ。いや、もういいよ。令ちゃんが私のわがままのためにそんな……」
「違う」
「へ?」
「ただ純粋に、腹立つ。絶対、買ってみせる」

 しかし、翌日の水曜日も、また次の火曜と水曜日も買えなかった。いつも誰かに先を越され
る。
 私は考える。多分二年生に熱狂的なメロンパンファンがいるんだろう。そいつがいつも全部
買いあさってるんだ。それなら、こっちにだって考えがある。
 私は更に次の火曜日の朝、二年生の相川沙希を教室に呼び出していた。
「えっと……。なんですか?」
 沙希ちゃんは、おとなしい外見のような、垢抜けてるような、中途半端な雰囲気。つまり、子
供っぽさがかなり残ってるけど、大人っぽさもわずかに出てきてる。今でもかなり可愛い子だけ
ど、私はこの子は将来相当な美人になると予想している。
 セミロングヘアーがよく似合っていて、腕にはオレンジと赤のブレスレットを両腕に二個ずつ
つけている。
「貴方を特攻隊長に任命するわ」
「は?」
「これから毎日火曜と水曜、昼休みに購買へダッシュして、メロンパンを買うの。一個でいい
わ。お願い、受けてくれる?」
「まぁ、それくらいなら別にいいですけど、なんでまたメロンパン……?」
「ちょっとね。そのメロンパン、どうしても買えないの。やっぱり三階は不利だと思って。でも、沙
希ちゃんなら一階だから、買える確率はかなり高いでしょ。……ごめんね。変なお願いして」
「いえ。野々宮先輩のお願いなら、全然大丈夫です。それに、購買にはいつも行きますし」
 良い後輩を持ったわ。沙希ちゃん可愛いし素直だし優しいし、将来良い女になるでしょう。っ
て、おばさんくさいこと思ってしまった。十八にもなると、なんだか年下を見て、自分年とったなぁ
と思ってしまうような発言や考えをしてしまう。
 あと二年で二十歳。大人だもんね。でも、実際十八歳になっても、特に変わらない。確かに精
神的にも肉体的にも中学生のころと比べるとそりゃあ変わってるけど、普段のくだらない話しや
雑談とか、中学のころから何かが劇的に変わったわけじゃない。
 もっと小さいころは、十八になったら完璧に大人になってると思ったけど、そんなことない。全
然子供。自分でも「これでいいのか?」と強く思ってしまうほどに、幼い。
 幼い。本当に幼い。自分は、成長してるんだろうか? ちゃんと、前に進んでるんだろうか。
「じゃあとりあえず、今日の昼休み、宜しく頼むわよ。沙希ちゃん足は速い?」
「運動神経良くないですけど、足だけならそこそこに。五十メートル七秒三くらいです」
「あら。男子並みじゃない。じゃ、頼むわよ」
 そう言うと、沙希ちゃんは頭をペコリと下げ、自分の教室へ戻って行った。
 うーん。本当に良い子。ちょっと堅い所はあるけど、優しくて、真面目。
 本当は次期生徒会新聞部の部長にしたかったんだけど、この子は人が少ない綾ちゃんの明
清東新聞部の方に、よく手伝いで出入りしている。
 多分、綾ちゃんと海藤君の後を継ぐとしたら、この子だろうな。惜しいけど、お互いの新聞部
の継続と繁栄のために、綾ちゃん卒業後も頑張ってほしい。
 教室では、綾ちゃんがカントリーマァムをほお張っている。
「綾ちゃん。それ、大好きね」
「カントリーマァムのバニラ味のおいしさは、普通じゃないから」
 それは認めるけど。
 すると、近くにいた海藤君が、いきなりカントリーマァムを取り上げた。
「ちょ、駿! 何するのよ。私の生きる糧を奪わないで」
「何が生きる糧だ。俺にも、少し分けろ」
「アンタいつもお菓子欲しがらないじゃないっ。私の好きなお菓子だけ、狙ってさぁ」
 海藤君は溜息をつき、カントリーマァムをぱくぱくと食べだした。
 微笑ましいなぁ。ていうか、この二人は恋人っていう肩書きはないけど、付き合ってるも同然
だと思う。いつも一緒。土日はよく二人で遊んでるらしいしね。
 この三年間で、二人はゆっくり、ゆっくりと関係が近づいていっている。それ以上近づいてどう
すんだと思うけど、この二人の仲は誰にも邪魔できないだろう。
 ま、私は海藤君好きだけど、恋愛感情はないから、二人には頑張ってほしい。
 そう、付き合うということは、頑張ることでもあると思う。色々と頑張らなければ、付き合うこと
は成功しない。付き合うというのは、色々と疲れることなんだ。
 微笑ましい光景を見ているうちに、チャイムが鳴る。チャイムを聞ける日々は、残り少ない。

 昼休み、私はダッシュした。
 何のため? 綾ちゃんのため? それはもちろん。でも、自分のためでもある気がする。
 生徒会長を引退した私。大学は推薦で、受験がない私。もう、何もすることはない。後は、過
ぎ去る日々をただなんとなく過ごすだけ。
 学校で授業を聞き、週三、四日のバイトを過ごし、ただ、事務的に過ごす。暇な日は友達と遊
び、はっちゃける。バイトで溜めたお金で、好きなものを買う。学校帰り、買い食いをする。
 プライベートは、充実している。でも学校生活に限って言うと、当たり前の毎日を送れる日々
はもうないんだ。買い食いはおばあさんになっても出来るけど、購買の不味い弁当を食べれる
日は、あまり残されていない。まだ食べたこと無い豚肉弁当、食べておこうかな。
 つまり、何かしておきたいんだ。ただ椅子に座りノートを書き、友達と話す。それだけじゃ、何
かもったいない。大人になった時、アホなことしてたなと、思い出してしまうことをやってみたい。
 頑張って走って購買部に行くと、息を切らした沙希ちゃんがいた。
「沙希ちゃん。買えた?」
「ダメです。授業終わって猛ダッシュしましたけど、売り切れてました」
「本当に信じられないなぁ……。ねぇ、誰か買ってる人は見なかった?」
 すると、沙希ちゃんは苦笑いした。
「海藤先輩に、先越されました。息切らしてる私見て、あの人ニヤリと笑いました。……悔しい
っ」
 私は驚いた。あの海藤君が?
 海藤君はやる気がなく、あまり頑張ることをしない人だ。その海藤君が、何故メロンパンを買
い占めている?
 当然、教室からダッシュしてるんだろう。あの海藤君がダッシュするなんて……。
 いや違う。問題はそこじゃない。なんで、海藤君はいつもトップでメロンパンを買える? 私と
同じクラスなのに、どうして? 私は海藤君がダッシュしてるのに、気づかなかった?
 私が色々考えていると、沙希ちゃんは舌打ちしながら言った。
「あの人、何も考えてなくて、ぼーっとしているようで、本当は頭の中で結構色々と考えてるんで
す。何考えてるか全然わかんない人ですけど、ある意味一番頭回してるのは、あの人なんで
す。きっと何かあります。でも、あの人は……」
「そうね、海藤君は、自分のことあまり喋らないし、考えてることも言わずに、ずっと黙ってるし
ね」
 私は教室に戻る途中、考えた。
 まず、海藤君が私と同じルートを走ってたら、当然私と一緒にダッシュすることになるだろう。
でも、海藤君が教室からダッシュしているのは見たことが無い。
 これは考え方を大きく変えないとダメだ。私は一階へ降りている。その発想を大きく変えた
ら? 海藤君は、上の階へ上がっている。
 ……あっ。
 四階から渡り廊下で、第二校舎に行ける。それはどうだろう?
 でも、わざわざ上の階まで上がって、階段を下りるなんてタイムロスじゃないか?
 考える三階から一階へ。ホールを通り、渡り廊下を渡る。海藤君は、四階に上がり、渡り廊
下を渡る。一階まで降りる。
 うーん。大した差はないけど、どっちかっていうと私の方が先につけるんじゃないかな? 渡り
廊下を渡る条件は同じだけど、やっぱり四階から一階まで降りるのは、キツイだろう。走ったと
しても、私の方が有利なはず。
 いや、私より早く着けたとしても、沙希ちゃんに勝てるはずがない。沙希ちゃんは教室からち
ょっと走って玄関前の大ホールまで行き、渡り廊下を渡るだけでいい。
 海藤君は一体、どんな魔法を使ったんだろう?
 教室に戻って海藤君をじーっと観察する。息切れはしてない。友達と普通に話してる。
 うーん。ま、考えてもしょうがないか。わからないもんはわからない。こういう時は、頭で真実を
突き止めるのではなく、行動で突き止めるものよね、うん。
 私はなんでもかんでも、頭で色々と考えてしまう。でも、こういう場合は、考えてもしょうがな
い。
「海藤君」
「おう。なんだ」
「鞄の中、みーせーて」
 私は有無を言わさず、無理やり鞄を奪い取り、中を開けた。
 中は少なかった。授業道具は置き勉してるから入ってない。ただ、中にはメロンパンが五個。
「貴方、メロンパンが好きなの?」
 海藤君は、溜息をしてから言った。
「いいや。あまり好きじゃない」

 問い詰めると、海藤君はしれっとした顔で「エレベーター」と言った。私は自分が嫌になった。
 そうだ。四階に上がって渡り廊下を渡って第二校舎に行くと、エレベーターがあり、そこから
一階の購買部の隣まで降りれる。
 真実なんて、解ってしまえばしょうもないことばかりだ。マジックだって、トリックが解ってしまえ
ば、くだらなくて面白くもなんともない。
 いや。ちょっと待って。まだ真実はわかってない。なんで海藤君はそんなことした? それに、
エレベーターで行ったとしても、沙希ちゃんに勝てるだろうか?
 やっぱり、考えてしまう。授業が終わると言っても、その時によって、たまに授業が一、二分
休み時間にずれることはある。少しの差で、海藤君が沙希ちゃんより早く行ける可能性は、確
かにある。
 実際、私は海藤君と鉢合わせることはなかったけど、沙希ちゃんはギリギリで海藤君に遅れ
をとったものの、海藤君と鉢合わせた。
 でも、毎回そうは行かないだろう。海藤君が毎回百パーセント買えるわけがない。
「エレベーターで行けば確かに私より先に行けるかもだけど、二年生より早く行ける? 一番早
く行けるのは、二年生よ」
 私がそう言うと、海藤君はニヤリと笑った。
「お前と同じだよ」
「え?」
「二年生が一番早く行ける。それは確かだ。で、お前はそれに注目して、相川を使ったんだろ
う。今日、物凄い勢いで購買来てさ、焦ったよ。メロンパン買ってる俺を見てさ、あいつめちゃく
ちゃ俺を睨むんだ。なんだろうと思ったけど、そういうことだったんだな。野々宮は相川を使っ
たんだろう」
 む、む……。ムカつく! いつもぼーっとしてるくせに、何も言わないくせに! ほんっとーに
頭が回る。きっと、私がメロンパンを買うためにダッシュしてること、気づいてたんだ。で、今回
のことで私がメロンパンを買おうとしている事にも気づいた。
「……お前と同じっていうのは、どういうことよ」
「お前は相川に頼んだ。で、俺も同じく、二年の嶋崎に頼んだんだ。あいつ、火曜と水曜の四時
間目は、第二校舎一階の特別教室で科学の授業やってるんだ。だから、いつも嶋崎に買いに
行かせてた。ただ、科学の授業は延びることもあるから、俺も一応エレベーター使って買いに
行ってた。……どうだ? エレベーターを使った俺と、購買部のある第二校舎の一階で授業を
している嶋崎よりも、お前と相川は先にメロンパンを買えるか?」
 買えない。
 なんでメロンパンがいつも売り切れなのかっていう謎は、わかった。とても些細というか、知っ
てしまえばどうということではない。
 教室を見回す。綾ちゃんはいない。
「ねぇ、なんでそんなにメロンパンを買い占めてるの?」
 海藤君は苦笑いした。
「嫌な言い方だな。でも、実際そうだからしょうがないか。でも、それもお前と同じだよ」
「え?」
「お前がなんでメロンパン買おうとしてるのか当ててやろうか? 白井が関係してるだろ」
 私は頷いた。この人には、勝てないな。そう思った。
「白井がメロンパン食べたいとか愚痴ってたんじゃないか?」
「そうよ」
 なんだか、悲しくなってきた。
 海藤君はまた苦笑いして、言った。
「買う理由は、同じじゃないな。俺はな、白井がストレス溜めて、食べまくってるのが心配だっ
た。なんだか、食べて食べてストレス紛らわしてる白井を見てるの、辛くなってさ。それに……」
「それに?」
「あれ以上食ったら、本当に太る。俺は、今の体形の白井が好きなんでね」
「変態」
「大変だな。白井がこれ以上食べないように、頑張ってたんだぞ。……俺は、食べ過ぎの白井
を心配した。お前は、食べれなくてストレス溜まってる白井を心配した。そこの、違いだよ」
「……うん」
「お前は甘いんだな。なんとかメロンパンを食べさせてあげたいと頑張った。お前は、良い奴だ
よ」
 と、今度は笑顔でそう言った。
 私が、良い奴? 違う。違うよ。本当に優しいのは、綾ちゃんのことをよく考えて行動していた
海藤君だ。私は、確かにメロンパンを食べたがってる友達に、食べさせてあげたかった。でも、
気づくとその気持ちは、どうしても買えないメロンパンを、意地でも買ってやりたいという気持ち
に変わり、そして最初から、自分のためでもあったような気がする。
 ……ていうか、なんだか綾ちゃんが聞いたら、顔を真っ赤にしそうな話しだ。
「私と海藤君じゃ、考え方が違うのね。でも、貴方の方が優しくて、素直じゃないけど、なんだか
温かいやり方だと思う。うまく言えないけどさ……」
 海藤君は、ほっぺたをかき、また苦笑いしながら言った。
「ま、お互い白井が好きなことに、変わりは無いさ」



TOP