やさぐれるほど、私らはヤワじゃない




 私にとって大事なものってなんだろう。それを考えると真っ先に思い浮かぶのは、命じゃなく
て友達である。人生を支えているのは友達であり、人一倍寂しがりやな私はもしも友達がいな
くなったら死んでしまうだろう。
 そして最近、間近に迫った学校祭の準備に追われている。香蓮高校は、いまいち学校祭の
盛り上がりに欠けている。そして自分のクラスは特に欠けている。私はそれが気に食わない。
 だから、最後の学校祭くらいは楽しみたいと思い、自ら積極的に準備に取り掛かっている。
幼稚園からの付き合いであるクールな笠原夏海、中学からの知り合いの、この子以上に可愛
い子なんていないんじゃないかと思わせるほど美人な千瀬奈々。そして高一で知り合った、昔
はグレてかなりヤバかったけど、今はおとなしい愛敬りこ。
 この三人の友達は、特に大切な友達だ。この子たちと一緒に学校祭を出来ることが、凄く幸
せ。
 私を含めたこの四人で、クラスのみんなをまとめている。みんな学校祭なんてやる気ゼロって
感じだったけど、いざやり始めると戦時中の日本軍かのようにやる気を出して動いている。
 結構、楽しんでた。でも、そんな日々に釘をさすことが起きた。
 私達四人は、放課後何故か校長室に呼ばれていた。校長はゴキブリを見るような目で私ら
四人を見ている。隣にいる教頭はそれとは逆に、私達のことを真剣な目で見ている。見てて嫌
じゃない目。生徒をバカにしていない人なんだなと、ハッキリとわかるような目だ。
 校長がなかなか喋りださないので、夏海が口を開いた。夏海の声は低いけど、濁ってなくて、
発音がよくて聞き取りやすいので好きだ。
「私達に何の用ですか。なにもした覚えはありませんけど」
 そうだ。何もやっちゃいない。なのに、なんで私達はここにいる? せっかく高三になって、入
学当初に持っていた学校や教師に対する憎しみや悔しさなどの負の感情が、大分おさまって
きているのに何がなんだかわからないまま、校長室に呼ばれたらまた憎しみとか、そういう感
情が私を支配しちゃうじゃないか。
 教師は死ぬほど嫌いだったけど、教師にも色々あるとわかったし、でもやっぱり良い教師と
ダメな教師がいるのもよくわかった。私達は、ダメな教師は眼中に入れなければそれでいい。
良い教師だけを見ていればいい。それで間違いは無い。
 校長は、ふっと笑った。私は校長の心を読んだ。なんだこの生徒突っかかってきて。いるんだ
よなぁ、こういうの。
 顔に出てるんだよ。バーカ。校長はニヤリと笑いながら夏海を見た。気持ち悪い。夏海が顔
をしかめた後、校長は言った。
「君たちはね、退学になる可能性がとても大きいんだよ」
「は?」
 ふいに声がもれた。夏海は細くてキリッとした目を大きく見開き、奈々は下着を盗んだ変態親
父を見るような目で校長を見て、りこはポカンとした顔をしている。
 何がなんだかわからない。普段なんでも口にする夏海も、さすがに口をパクパクさせている。
奈々はそんな夏海をチラッと見て、言った。
「なんもした覚えないんだけど? アンタ、場合によっちゃ殴るわよ」
 校長が机を思い切り殴り、立ち上がってなにやら怒鳴りだした。おいおい、マジかい。いきな
り呼び出されて退学だと言われ、なんかキレられちゃったよ。
 すると、教頭が校長を抑えて、なんとか座らせて言った。
「そうだよな。いきなり言われても困るよな。千瀬君、悪かった。私がちゃんと説明するからね」
 奈々も、こいつはまともだと思ったらしく、頷いた。
「昨日の月曜日、平倭先生が空き教室でリンチにあった事件は知ってるね」
 もちろん知っている。ちなみに平倭とは、生徒に耳をふさぎたくなるような悪口を言ったり、気
に食わない生徒の悪口を他の生徒に言ったり、髪の長い生徒の髪を無理やり切ったり、授業
中タンを吐きに水飲み場に行ったりする、ダメ教師である。年は六十八歳。正直こんな教師が
平気で授業をやっているこの学校は終わってると思う。教師達は、恥じるべきだとも思う。
 この教師のことを、頭の良い私立の明清東高校に通ってる子に話したら、そんな教師いるわ
けないじゃん。大袈裟に言ってるだけでしょ? と言われてしまった。でも、本当なんだよね。あ
りえないとかそんなの漫画とかドラマの中だけだろとか言われても、本当にいるんだからしょう
がない。
 で、この平倭が昨日の夕方頃に、空き教室でリンチされた。誰かは、わからない。
 私は平倭のことは死ぬほど嫌いだけど、それでもリンチしたいと思ったことはない。いったい
どこの誰が、どれほどの負の感情を抱きながら、そんなことをしたんだろう?
「それでね、どうも平倭先生は佐伯可奈子、笠原夏海、愛敬りこ、千瀬奈々の四人がやったと
言うんだよ。いやね、犯人はサングラスをかけてて、更に帽子もかぶってたからよく顔は見えな
かったらしいけどね」
 教頭がそう言うと、校長は「それで君たちは評判が悪い」とほざきだした。それを聞いて教頭
は、一瞬だけど校長を睨んだ。
 心臓がゾクゾクと震えて、体の中のものを全て吐きそうになった。それで校長は今退学にな
る可能性が大きいと言ったから、犯人はもう私達だと決め付けている。平倭が私達のせいにし
たことより、犯人は私達と決め付けてる校長の方が百倍憎い。
 奈々と夏海がキレて、ほぼ同時に校長の机を蹴り上げた。短いスカートから見える細い足か
ら繰り出されたとは思えないほど、強い力だった。セーラー服を着た奈々は、清純で、大和撫
子は奈々のためにある言葉だと思わせるほど似合ってるけど、今の奈々は凄まじい剣幕で校
長を睨んでいる。大和撫子とは言いがたい。
 夏海は、もともと少し目がキツイので迫力がある。童顔の私とは大違い。……と、私は場違い
なことを考えていた。本当は私もキレて、校長の顔面に一発か二発くらい食らわせてやりたい
けど、二人もキレたんじゃ私は冷静になるしかない。一年の時なら確実にキレてただろうけど、
私は高校生活の二年と半年で、色々なことを諦めることが出来てしまったし、冷静になることも
出来るようになった。
 夏海が、大声で言った。いつもの低い声が嘘かと思えるほどに、甲高くて太い声。アンタ、そ
んな声も出せるんじゃない。
「ふっざけんなよこのハゲ! 私らじゃねぇよ。つーか証拠も無しに私らのせいにした平倭は最
悪だけど、アンタも最悪だ。平倭と同じだよ!」
 校長が何か言おうとしたとき、りこが顔を覆って泣き出した。声には出さないけど、鼻をすすっ
て、涙をぽろぽろと流す。
 とっさに奈々がりこの頭を抱いて、なだめようとする。それを見て、私はキレた。
 確かに私は入学当時に比べておとなしくなったさ。色々な事を判別することも出来るようにな
った。でもね、友達を泣かされて黙ってる私じゃない。命より大事な友達を泣かすなんて、泣か
したやつは死刑だ。
「おい。何りこ泣かしてるんだ。謝れよコラ。この性格破綻者!」
 校長は顔が爆発するんじゃないかというほどに顔を真っ赤にしている。教頭が言った。
「と、とりあえず。話しを聞きたかっただけなんだ。校長。話しはまた今度、私が聞いておきます
ので」
 そう言って、教頭は私達四人を廊下に強引に出して、ドアを閉めた。
 三人でりこをなだめて、りこが泣き止んだところで、なんと驚くことに教頭は頭を下げた。
「悪かった。本当なら私が、この子達はやってませんと言うべきだった。でも、校長の前でそう
いう事を言うのは難しいんだ。はっきり言ってね、私は平倭の狂言だと思ってる。確かに君たち
は、その……。あまり教師の間で評判が良くない。でもね、君たちは学校祭の準備を頑張って
る。一度、廊下から見させてもらったよ。それに佐伯君は友達がとても多いと聞く。それは君の
人格が良いことを示している。千瀬君に笠原君も、教師に注意されたら素直に受け止めれると
聞いてる。愛敬君は……特に何も聞かないから、良い子なんだろう。だから、私達は君たちみ
たいな良い子があんな事件を起こすわけがないと信じてる。君たちが犯人だなんて、バカげた
話しだよ」
 そう教頭はまくしたてると、校長室に戻って行った。
 ったく。今すぐこの教頭が校長になるべきだ。もしも教頭すらダメなセンセイだったら、私はも
っとキレてた。
 私達は廊下に座り込んだ。やりきれない。やってらんない。もう人生どうでもいい。こんな人生
なら、楽しく生きようなんて思えない。
 でも、教頭先生のためにも、そういうことを思うのは止めなきゃいけない。私達は、ダメなセン
セイのせいで潰れる必要なんてない。
 泣き止んだりこが急に私達を鋭い目で見つめて、言った。
「このままじゃ絶対終わらせないから」
 それはつまり、新しい犯人を見つけ出して、校長に頭を下げてもらうということだろう。
 りこの宣言を聞くと、私達は教室に戻った。今日はもう学校祭の準備は終わっている。作戦
会議だ。

 教室に戻ると、女子が二人、残って雑談をしていた。
 そんなに仲良かったわけじゃないけど、学校祭の準備のおかげで仲良くなった。
 私達が鞄をしょって帰ろうとすると、二人のうちポニーテールの子が話しかけてきた。
「あ、ねぇ可奈ちゃん。知ってる?」
「何を?」
「平倭さ、空き教室にいたっていうじゃない? なんかね、鍵閉めてたらしいよ」
「鍵? なんでまた」
「わからない。でも、何してたんだろうねぇ」
 なんか、裏がありそうだな。私は「わかんないけど、なんか怪しいね」と言い返し、四人で教室
を出た。
 帰り、三人を自分の家に呼んだ。このまま解散する気にはなれないし、する気もない。
 私の部屋は、ぬいぐるみやら化粧道具やらMDやらが散乱してて、とても汚い。そして音響オ
タクなため、スピーカーがかなり場所を取っている。リアスピーカー、フロントスピーカー、センタ
ースピーカー、サブウーハー。その他たまにしか使わないスピーカーが数個転がってる。
「うわっ。おい可奈子。酒の缶転がしっぱなしかよ」
 夏海が睨みながら言った。
「可奈ちゃん。ぬいぐるみ、スピーカーの下敷きになってるよ」
 りこはそう言いながら、潰れたスティッチをスピーカーの下から救出した。
 私は小さいテーブルを部屋の真ん中に引っ張り出し、よっこらせと座った。夏海と奈々はパン
ツ丸出しであぐらをかき、りこはちょこんと正座をする。
 四人、目が合った。少しの間沈黙が続いたけど、夏海が口を開いた。
「酒」
「……あいよ」
 私は台所に行き、ビールを四つ持って部屋に戻った。すると、さっきまで何も乗っていなかっ
たテーブルにはおつまみやらスナック菓子やらが置かれていた。
 とりあえず一口飲むと、りこが言った。
「ねぇ、私マジでムカついたの。絶対に真犯人を、私達が見つけて校長に謝ってもらわないと。
ね、可奈ちゃん」
「そりゃあね。でさ、私気になるのがやっぱ、なんで空き教室で、しかも鍵をかけてたかって事
なんだよね」
 夏海が、タバコを咥えながら言った。
「怪しい事をしてたのは確実だよなぁ。鍵をかけてたってことは、もちろん見られたくない事をや
ってた。さて、見られちゃいけないって事で思いつくことはなんだろう? はい、奈々。言ってみ」
「そうだなぁ……。タバコとか」
「それは生徒視点だろ。教師の視点で考えて。次りこ」
「なんでアンタが仕切ってんのよ」
「可奈子は黙ってて」
 りこは人差し指でうーんとしばらく唸って、言った。
「えぇと。お、女の子となにやら怪しげなことをしてる所とか……?」
 四人、また見つめあい、今度はニヤリと笑いあった。「それだね、絶対」と、奈々が呟き、私は
頷いた。
 これは、かなり平倭を攻める材料になりそうだ。まぁ私達が何も言わなくても、すぐに問題に
なるだろうけど。でも、もしそうだとしたら、その女子生徒は誰なんだろう? 噂が流れてもいい
と思うんだけど、そんな話しは全然聞いてない。っていう事は、やっぱり違うのかなぁ。
 ていうか、ふと疑問が浮かんだ。
「てか夏海。それじゃ犯人に繋がらないよ」
「いや、だからさ。もしそうだとしたら、その時空き教室には平倭だけじゃなくて、女子生徒もい
たことになる。もしも私達の考えが当たってたら、その子に聞けば、犯人がどんな感じだったか
わかるんじゃないかなって」
 なるほどね。ま、あくまでも想像のレベルでの話しだけど。
 私達は、苛立ってる。でも、人間誰でも、生きていれば苛立つことは悲しいくらいに沢山起こ
る。理不尽なことだって避けられない。それが生きるってことだ。
 でも、今回のことは、理不尽で終わらせてはいけない。これは、あっちゃいけないことなのだ。
起きてはならないことだった。こういう時、諦めたらいけない。なんとかしなきゃいけない。
 開け放った窓から、秋の風が入ってくる。いつもなら心地良いはずなのに、今日はそうでもな
い。
 札幌は十月。もう十分に、風は冷たい。気づけば冬になり、冬を越えると卒業だ。
 私たちは卒業に向けて、アクセル全開で最後のラストスパートをかけようとしている所なん
だ。ここでブレーキをかけるなんてこと、私はしたくない。絶対に犯人見つけ出して、誤解を解
かなければならない。
 この日は九時ごろまで騒ぎ、みんなが帰ったらすぐに寝た。一人部屋でぼーっとしてたら、
色々考えちゃってダメだからだ。

 うちのクラスで、昨日休んだ生徒がいた。星坂優衣菜。
 高二から同じクラスだけど、星坂さんとはあまり話したことがない。星坂さんはおとなしめな人
で、酒盛りをしたり街に繰り出すということをあまりしないらしい。
 見た目は目がくりくりしてて、守ってあげたくなるような雰囲気を漂わせている。
 そんな星坂さんが、今日学校に来るなり私達女子に「平倭に体を触られた」と宣言したもんだ
から、さすがに驚いた。
 私達の推理が当たったいたとはいえ、まさかその女子生徒が星坂さんだったなんて。
 でも、ちょっと不思議だ。そんなことがあったら、平倭はさっさと何か処分があるはずだし、も
っと大事になってもいいだろう。新聞に載ったリンチ事件の記事にも、女子生徒のことは何も書
かれていなかった。星坂さんは、学校側に言わなかったのかな? いや、そんな訳ないよなぁ。
 うーん。なんかピンとこない。
 よし、聞いてみよう。
「ね、星坂さん」
 星坂さんは席に座ってぼぅっとしていたけど、話しかけるとさらさらの長い髪をかきあげ、「な
ぁに?」と言った。
「体触られたって、本当なの?」
 リップで唇を塗りながら、星坂さんは言った。
「触られたっていっても、腕とか足とか触られただけ。どんどん行動がエスカレートするだろうっ
て時に、変なやつらが窓破って入ってきたからさ」
 なるほど。確かにそれだけなら、精神的ショックはそんなに大きくなくても自然かな。
「そっか……。ね、犯人達、どんな顔だった?」
「わかんない。サングラスに帽子だったから」
 うぅん。グラサンに帽子なんて、銀行強盗みたい。
 平倭との関係とか、なんで空き教室に行ったのかとか聞きたいことは沢山あったけど、あまり
聞くのはさすがに酷だろうと思い、これ以上質問するのは止めた。体触られた後に、いろいろ
聞かれるのは気分悪いだろうし。
 星坂さんの席から離れようとしたら、仲の良い子たちが数人近寄ってきた。
「ね、可奈子。アンタさ、リンチの犯人に疑われてるって本当?」
「可奈ちゃんそんなことするわけないもんね。平倭の狂言にもまいるよねー」
「ん、まぁね」
「えっ。佐伯さん、疑われてるの?」
「そうなんだよね。ま、平倭の狂言だけど」
 星坂さんは、一気に顔が真っ青になった。そして、目がキョロキョロしだす。
「ご、ごめんね。私がちゃんと犯人見てれば……」
 そう言ったけど、星坂さんの声はとても小さく、頼りないものだった。
 少しすると担任がやってきたので、私は席に戻る。また、つまらない授業が始まる。数学の計
算式も、日本の歴史も、私にとってなんのためになるんだろう。勉強はテストのためにするもん
でしょ。どうせ、すぐ忘れちゃうし。
 他にやるべきこと、あると思うんだけどな。私達は。
 授業をほとんど寝て過ごし、放課後。今日も学校祭の準備だ。学校祭当日まで、あと三日し
かない。
 私達のクラスはフリマをやる。これがなかなか豪華なものが集まって、ゲームやらぬいぐるみ
やらギターやら、その他膨大な数の小物などが集まった。軽く店でも開けるんじゃないかと思う
ほどだ。
 ちなみに私が持ってきたのはいらないゲームとぬいぐるみと、部屋に転がってた携帯灰皿な
どなど。担任は私の持ってきたものを見ても、特に何も言わなかった。
 夏海やりこも、妥当にぬいぐるみやゲームやCDに漫画などを持ってきた。りこは漫画をちゃ
んと一巻から揃えて持ってきたのに対し、夏海はドラゴンボールの七巻と十五巻を持ってき
た。あと、数年前のサンデー。
 奈々は、化粧道具をたんまり持ってきてくれた。それを見て、この女はそれ以上美人になっ
て、どうするんだろう? と、一瞬思ってしまった。奈々に上目遣いで微笑まれると、女の私でも
たまにドキっとする。きっと奈々なら、釣竿に餌つけなくても、笑いが止まらなくなるくらいに獲物
が釣れるだろう。実際、奈々は彼氏と付き合っては別れてを繰り返してる。
 それは奈々の性格に問題があるわけではないと思う。確かに少しキツイ性格をしていて、あ
まり優しさを見せないけど、なんだかんだいってさりげなく構ってくれるし、優しい言葉をかけなく
ても、気にかけてくれたりしてるのは、態度でわかる。夏海も不器用だけど、奈々はとてつもな
く不器用だ。
 そして奈々は、好きな人が出来ないらしい。不器用なのもあって、なかなか付き合ってもうまく
いかないんだってさ。美人にも美人なりの、いや普通の女の子らしい悩みがあるらしい。
「ねぇ奈々。化粧道具以外にもさ、なんか持ってきてよ。私スーファミのソフト持ってきたから、
アンタは本体持ってきてよ。ソフト五本とセットで千円。どうよ? ちなみに私のはもったいない
から持ってこない」
「そんなの持ってないけど、もっといいの持ってきた」
 そう言うと、奈々はスカートのポケットから一枚の紙を取り出した。
「ネットで見つけたから、わざわざ印刷してきたんだよ」
 見ると、紙には一人の女が写っていた。前髪がすこしギザギザで、丸顔で、童顔。肌はちょい
白くて、目が大きい。
「ってこれ私に似てない?」
「うん。これ、桃井理奈っていうAV女優。アンタにめちゃくちゃ似てたから見せようと思ってさ。
これ五十円。どうよ?」
 私はその紙をくしゃくしゃにして投げた。その投げた紙はりこの頭に当たり、りこは紙に印刷
された女を見て首をかしげながら私をチラ見したが、戸惑いながらもゴミ箱に捨てた。
「奈々。もっとマシなもんないの?」
「じゃあ、明日服でも持ってくるよ」
 そう言うと、奈々は小さい紙に値段を書き始めた。ギター五千円。漫画一冊五十円。レトロゲ
ーム百円。でもドラクエは三百円。私の持ってきたペンダントは五百円。
 ちなみに、うちはフリマ以外にもダーツと射的をやる。ダーツと射的のどちらかをやれば、得
点によってフリマの商品から好きなのを選べるのだ。
 そしてダーツをやろうと言い出したのは私なので、少し前に小さいダーツの的をダイソーで買
ってきたんだけど、担任にそんな小さいのダメだと言われてしまったので、今日はダーツの的
を買いに行くことになってる。そして明後日は授業がなく、完全に準備の日となっている。つま
り、もう準備のラストスパートにかかっている所なんだ。さっさと新しい、大きなダーツを揃えなき
ゃ。
「ねぇ夏海。私一人で行くの寂しいから、ついてきてよ」
 夏海は奈々やりこと値段の相談をしていたけど、頷いてくれた。
 すると、面倒くさそうな顔で、大量に印刷されたダーツをやるためのチケットをひたすら一枚、
一枚と切っていた加藤梨花が立ち上がった。
「私も行く。こんなちまちました作業やってらんない。あと、教室で趣味に合わない音楽も聴いて
たくない」
 商品やら紙やらが散乱した教室の端っこに、職員室から持ってきた古いラジカセがある。当
日はもちろん音楽を流すので、そのためにCDに音楽を焼いて持ってきて、今流してる。
「ついてきてくれるのはいいけど、趣味に合わない音楽って何よ。ジャンヌは神だろ」
「私は銀杏BOYZが聞きたいね」
「うるさいなぁ。ジャンヌが一番なの!」
 私がそう叫ぶと、夏海は私の襟首をひっつかんで、廊下に引きずり出した。
「おい、早く行くぞ」
 ってことで、私達は学校を出た。学校を抜け出して何かを買いに行くのって、なんか、良いよ
ね。
 夏海が、どうせダイソーに五百円くらいで大きいの売ってるだろと言うので、そこに行くことに
した。梨花はいつの間にか自販機で買ったコーヒーをぐびぐび飲んでる。
 私は、梨花が少し苦手。完全に不良だし、性格はかなり悪い。口は夏海や奈々よりも更に悪
い。それに夏海や奈々は口調はキツイけど、ほとんど冗談だし、直接的な悪口は言わない。人
に嫌なこともしない。
 でも、梨花は人に悪い事を言うし、うざったらしい悪口も沢山言う。それに、とんでもないこと
もする。気に食わない人の靴に生卵入れたり、突っかかってきた女子にカミソリを向けたりす
る。梨花なら、何をやってもおかしくない。それこそ、リンチをやってもおかしくない人だ。
 梨花は圧倒的な髪のボリュームをワックスでうまくいじり、後ろの部分はパーマをかけてい
て、色はところどころ赤っぽい。スタイルは抜群で、超ミニのスカートから出た足は細くて正直
羨ましい。
 厚い化粧なんかしなくても、十分イケてるのに、もったいない。ま、どんなに可愛くても、奈々
にはかなわないけどね。
「ねぇ佐伯。アンタ、平倭嫌い?」
 と、梨花は通り行くバスを見ながら行った。学校は街中にあり、ダイソーまでは二十分ほど街
を歩かなきゃつかない。駅、建築中のマンション、パン屋、カラオケ、幾つものコンビニ、怪しい
店、ダイエー。この街には、なんでもある。
 風が強くて、梨花のボリュームのある髪はゆらゆらと揺れている。
「死ぬほど嫌い」
「ふぅん。じゃ、アンタがリンチしたんだ」
「ちげぇよ」
 と、夏海が低い声で言った。夏海は私が何か言われると、いつもぶっきらぼうなくせに、すぐ
に助けてくれる。夏海はとても頼りになる女の子なので、どうも私は夏海に頼ってしまう所があ
る。
「それを言うなら、加藤はどうなんだよ。お前ならリンチくらい平気でやるだろ」
「笠原キッツイなぁ。ま、リンチしてもよかったけどね。私じゃないよ。つーか、新聞見たけど、犯
人たちは複数だったらしいね。私なら一人でやる」
 梨花はそう言って、缶をゴミステーションに放り投げた。
 しばらくぼそぼそと、進路のことについて話していると、梨花が急に話しを変えた。
「ね、なんで佐伯と笠原はさ、学校祭頑張ってんの?」
「梨花みたいに、やる気ない奴見てるのムカつくから。私は学校祭は楽しみたいのに」
「私も可奈子と同じ。加藤なんか、誰かに何か言われないとなーんも出来ないしね」
 夏海がそう言うと、梨花はうるせぇなぁと甲高い声で言って、夏海を小突いた。すると夏海も
負けじと小突いた。私もノリで小突いた方が良いのかと思って梨花を小突いたら、思い切り弾
き飛ばされた。あれ、私、そんなに華奢?
 いや違う。梨花がでかすぎるんだ。私は百五十五センチ。夏海は百五十八センチ。りこは百
四十五センチ。そして私らの中で一番大きいのは奈々で百六十一センチ。それに対して、梨花
は百六十八センチもある。そこらへんの小さい男子よりでかい。
 もう少し身長欲しいなぁ。スタイルよくなりたいなぁ。可愛くなりたいなぁ。ていうか童顔どうにか
なんないかなぁ。
 そんなこんなで、ダイソーに着いた。女子高生三人でぞろぞろとおもちゃ売り場に向かうの
は、なんか変な感じ。
「あ、夏海。この三百円のやつ、でかいよ」
「いや、それよりもこっちの五百円のにしよう。矢五本ついてるし、三百円のよりもでかいし。そ
れに学校祭の予算で買うんだから、なるべく沢山使ってやろう
 夏海がそう言うと、梨花が隣に置いてある矢の三本セットを手に取った。
「矢はついてるみたいだけど、沢山あるにこしたことないでしょ。矢も別にいくつか買っておきま
しょう。あ、それと針のタイプだけじゃなくて、磁石のも買おうよ。やっぱ笠原の言うとおり、学校
の金で買うんだから、沢山買ってやりたい気分になるわ」
「そうだね。じゃあさ梨花。射的の的も買おうよ」
 ダーツをやろうと言ったのは私だけど、射的をやろうと言ったのはクラス全体だった。子供は
ダーツよりも射的をやりたがるんじゃないかって考えらしい。
 で、エアガンだけど、それはエアガンマニアの加藤梨花が全て用意した。私達は、もちろん小
さいハンドガンを持ってくるのだと思ってたけど、梨花は何を勘違いしたか大きめの電動ブロー
バックのエアガンを三個持ってきた。なんで射的をやるのに連射できるエアガンが必要なんだ
とみんなで抗議して、やっと小さいハンドガンを持ってきた。学校祭は、くだらないことでよく揉
めたりする。
 結局、的五百円。矢の三本セットを三つで三百円。射的の的二つで二百円。合計千円となっ
た。予算は三千円だから、これでも二千円余る。本当は全部使いたいけど、それだとさすがに
担任がキレそうなので止めた。
 学校に戻って担任に報告すると、案の定なんでダーツ買うだけで千円もかかるんだとかぐだ
ぐだ言われたけど、気にしないでさっさと教室に戻る。
 出かける前には結構な数がいたけど、戻ってみるとほとんどの人は帰っていた。奈々とりこ
はもちろんいたけど、飽きてきたのか奈々はりこの髪をいじって遊んでいる。
「りーこー。ツインテールはどうよ」
「ダサイよ」
「じゃあポニテ」
「後ろ髪そんなに長くないからちょんまげになるよ」
「いいよ、ちょんまげで」
 と言って、後ろ髪をまとめていく。ボブカットをポニテにしてどうする。
 梨花は、もう何もやらなくていいと感じたらしく、鞄をしょって「じゃあね。りこちゃん」と言って、
りこの頭をぐしゃぐしゃと撫でて帰って行った。
 梨花はほとんどの人に敵意を持つ傾向にある。私や夏海や奈々は、何故か勝手に同類だと
思い込んでるらしく、別に敵意は持ってないらしい。持っていたら買い物になんか付き合わない
だろうし。
 で、おとなしい子がめちゃくちゃ嫌いだと、前言っていた。だから本当はりこみたいな静かな
子は嫌いなはずなんだけど、今みたいに頭を撫でたりするし、結構好いてると思う。りこは、人
に嫌われることはほとんどない。りこはそういう力を持ってる。それにりこはおとなしいけど、心
の底にはかなり熱く、鋭いものを持っているし、勉強できないとか言ってるけど、知識や判断力
はかなりのもので、それを隠してるふしがある。
「ね、二人とも。ダーツ買ってきたよ」
「可奈ちゃん、それやたらでかいね」
 りこに的を渡すと、壁に画鋲を刺したけど、その位置じゃあ低すぎる。奈々が、自慢の長いプ
リンセスカットを掻きあげながら言った。
「だっこしようか?」
「嫌だよ恥ずかしい。奈々ちゃんつけて」
「ダメよりこ。チビだからってなんでも諦めちゃ。お姉さんがだっこしてあげるから」
 そう言うと、奈々はりこを後ろから抱きしめると、一気に持ち上げようと……した。
 奈々は非力だ。ほっそい体を見ればわかる。奈々はしばらくうんうんとりこを持ち上げようと
頑張ってたけど、無理だと諦めてりこを解放した。奈々とりこを見てると、どことなく仲の良い姉
妹に見える。
 奈々が悔しがっていると、夏海が「私に貸して」と言って、おもむろにりこを後ろから抱きしめ
て、思い切り持ち上げた。
「凄いじゃん夏海。アンタって、何事もちゃんとこなすっていうか、なんでも出来ちゃうよね」と、
奈々が笑いながら言って、確かにそうだと心の中で同意した。
「ほら、りこ。早く画鋲」
「う、うん」
 りこは画鋲を刺し、そこにダーツをぶらさげようと……した。
 バカでかいダーツの的は床にゴトンと落ちた。考えてみれば、そりゃそうだ。でも、私らは全
員落ちるなんて考えてもいなかった。
「ねぇ夏海。画鋲じゃ無理だよ」
「そうだな。じゃ、可奈子。お前当日ずっと的持ってろ」
「外れた矢が私に刺さるじゃん!」
「いや、お前津波に飲まれてもミサイル落とされても死ななさそうだし」
「死ぬから」
 りこはおなかをおさえて、床に崩れ落ちた。
 さて、今は亡きりこは置いといて、困ったな。学校祭って、ほんっとにこういう以外な、くだらな
いことで壁にぶち当たる。どうしよう。的が飾れなかったら、ダーツにならないぞ。
 三人でしばらく考えていると、腕を組んでいた夏海が静かに頷いて「釘だな」と呟いた。
「釘打ち込んで、そこにぶらさげよう。可奈子、行って来い」
「私はアンタのパシリか」
「別に誰でもいいけど」
 すると、りこが生き返った。じゃなくて起き上がった。「私行くよ」とニコッと笑いながら言って、
その笑顔が可愛かったので、私もついていくことにした。
 私達は技術室に行くため、三階から一階に下りた。
 ていうか、技術室ってどこだ? むしろ技術室なんてこの学校にあるのかな。理科室だって行
ったことないし。
 それでも特別教室が並んでる一階の端っこを歩いていると、技術室を見つけたので、中に入
る。
「ねぇりこ。釘使うなら、センセイに言った方がいいのかな」
「いいよ面倒くさい。釘ごとき勝手に持ってこう。あ、トンカチあった」
 私はりこのこういう所、案外好き。ここでいちいちセンセイに報告しなきゃダメだよ! とか言
われたら実際うざいしね。報告する気なんて自分には全く無いのに、一応聞いてみる私って、
なんなんだろう。
 りこは釘とトンカチを持つと、さっさと技術室から出て行った。
 教室に戻ると、奈々が釘を打ち付けたが、釘はあっさり曲がった。奈々に力仕事やらせるの
は、今後一切止めておこう。
 そしてやっぱり、夏海はあっさりと、綺麗に釘をうちつけ、的を飾った。夏海は香蓮みたいな、
学力が底辺の高校にいるべきじゃない。夏海は札幌市内のトップクラスの県立高校に行ける
頭の持ち主だ。それに、今みたいに力仕事もなんなくこなす。
 せっかく、色々なことにおいて才能があるのに、率先して何かをやることはないし、発揮する
こともあまりない。人が失敗してから、やっと腰を上げる。それはなんでだろう。本当はやってあ
げたいんだけど、自分からやるって言うのは、恥ずかしいのかな。
 今日はもう帰るかと思い、自分の鞄を探した。教室の後ろには景品が入ったダンボールや
ら、みんなのジャージを入れる鞄やらが放り投げてある。私も鞄は教室の後ろに放り投げてあ
る。
 でも、驚くことに、私の鞄はどこにもなかった。
「私の鞄がない!」
 そう叫ぶと、三人はキョロキョロと当たりを見回し、探し出した。そしてまだ残ってトランプをし
ていた、友達の栗山里奈がこちらを振り向いた。
「あれ、やっぱあの鞄可奈子のだったんだ」
「は? どういうこと」
「いや、可奈子たちが出かけた後、星坂さん帰ったんだけどさ、そろそろ生徒会の方にも顔出
さないといけないとか言って、慌てて鞄引っつかんで帰ったんだけど……。可奈子の間違って
持って帰ったっぽいね」
「うっそぉ……」
 最悪だ。確かに私と星坂さんの鞄は同じ色だし、付いてるストラップも同じリラックマだ。とは
いえ、それは慌てすぎじゃないか。それに、そこまで慌てるほどの用事なら、何も無理して残る
必要はなかったんじゃないか。
 でも、まだ生徒会室に残ってるかもしれない。
「じゃあ帰る前に、生徒会室寄ってみるよ」
 生徒会室は四階の端だから、行くのめんどくさいけどね。
 里奈が「うちも帰る」と言って腰を上げたので、私は教室にちゃんと鍵を閉めて、みんなでぞ
ろぞろと教室を後にした。
 もちろん四人で生徒会室に寄ると、何故か生徒会室前の廊下に梨花がいた。気のせいか、
顔が少し白い。夏海が聞いた。
「お前何してんの。帰ったんじゃないの?」
「いや、それより。あれ……」
 と言って、ドア越しに教室の中を指差した。
 覗くと、なんとそこには手首から血を出して、目を瞑って倒れている星坂優衣菜がいた。机の
上には、私の鞄が置いてある。
「星坂さん!?」
 慌てて駆け寄ると、星坂さんはパッと目を開いてこちらを向いて、ギョッとした顔になった。
「え、あれ? み、みんな……?」
 そう呟くと、梨花は叫んだ。
「アンタ、血出てるじゃん。立てるか?」
 星坂さんは、意外にもそんなに辛そうな顔はしていなかったけど、梨花はそんなことも気にせ
ず、星坂さんをひょいっとおんぶし、「保健室!」と叫び、階段に向かって突進して行った。
 沈黙が流れた。一体、何が起きた?
 平倭のリンチに、今の星坂さん。一気に日常というものが、ガラガラと音を立てて崩れていく
ような気がした。
 普通じゃない。これは普通じゃない。何かありえないことが、確実に起きている。
 夏海は、冷たい瞳で生徒会室を睨み、りこは目をパチパチさせ、奈々は意外にもかなりうろ
たえた顔になっている。そして呟いた。
「だ、大丈夫かな。血、血出てた。血……」
 普段優しい素振りなんて見せないくせに、いざとなったら人一倍心配するんだよね、奈々は。
とか、そんなこと考えてる場合じゃない。
 私は鞄を引っつかみ、梨花の後を追った。三人も、私を見てハッとし、駆け出す。
 全く。学校祭の準備期間中くらい、平和に過ごしたいもんだよ。

 保健室の前に行くと、星坂さんをおんぶした梨花が突っ立っていた。
「何してんの?」
「考えてみれば、もう六時だ。保健のセンセイ、いるわけない」
 確かにそうだ。なんで私たちはこんなにも無鉄砲なんだ。
「あ、えっと。別に、大丈夫だよ。そんな強く切ってるわけじゃ……」
 星坂さんがそう言うと、梨花は星坂さんを降ろし、廊下に座らせた。奈々が鞄から急いで絆創
膏とハンカチを取り出す。
 ハンカチで血を拭き、「ば、絆創膏貼るべき? それよりハンカチで縛るべき?」と、あたふた
と言い、夏海が「別に血ドクドク出てるわけじゃないだろ。傷も浅いし、絆創膏で十分だ」と、冷
たい口調で言った。
 奈々がせわしなく絆創膏を貼ると、夏海が言った。
「お前、あそこで何してた」
「生徒会の仕事だけど……」
「誰にやられた」
「……」
「おい、言わなきゃわかんないだろ」
「夏海やめなって」
 あまりにも夏海がキツイ口調で聞くので、止めた。
 星坂さんは落ち着いているようだし、それに私達に出来ることなんて何もない。
「ごめんね。今日は帰るね。……ありがと」
 と言って、星坂さんは玄関の方へ行ってしまった。自分鞄、忘れてるよ。
 どうしようかと困っていると、夏海が梨花を睨んだ。
「アンタさ、なんで生徒会室の前にいたの」
「別に。四階の情報処理室に用があったのさ」
 情報処理室は四階の端。生徒会室はちょうど四階の真ん中あたりにある。
「情報の野中にちょっと相談したいことがあったの。で、相談が終わったあとに情報処理室から
出て、ふと生徒会室見たら、倒れてる星坂見つけたんだ」
「来た時は気づかなかった?」
「うん。その時もう倒れてたのか、倒れてなかったのかはわからないけど」
 なんか臭う話しだな。違和感を感じる。それが何かはわからないけど、今回の事件はハッキ
リ言っておかしい。
 でも今出来ることは、帰る事ぐらいしかないんだよね。
 私達は玄関へ向かった。でも、まだ帰りたくは無い。
 黙っていたりこが、突然口を開いた。
「ねぇ、コロポックルコタン行こうよ」
 私達は黙って頷いた。
 コロポックル・コタン。西区の端っこにある喫茶店で、木を基調としたデザインが雰囲気を出し
ていて、とても気に入っている。メニューも多いし、味は格別。
 チャリを走らせてコロポックル・コタンに行き、店の左端の席に座る。
「平日なのに、こんな遅い時間に来るなんて珍しいじゃない」
 と、知り合いであるウェイトレスの稲緒真里菜が言った。
 私はカフェオレ。夏海はブラックコーヒー。奈々はアイスコーヒー。りこはオレンジジュース。す
ぐに真里菜は注文した品を持ってくると、何故か自分も席に座った。
「……は?」
「いや、もう閉店の時間近いし、お客さんいないからさ。ほら、話し聞かせてよ」
「え」
 真里菜はニコリと笑い、「超深刻な顔してるよ。さ、話してみて。相談に乗るよ」と言った。私
ら、そんなに深刻な顔してたのか。
 私達は顔を見合わせたけど夏海が頷いたので、私は平倭リンチ事件の話しと、ついさっき起
きた星坂さんの事件についてかいつまんで話した。
「なーんか。さっきの星坂さん、気になるんだよね。何かおかしいんだよね。でも、何がおかしい
かわからないんだ」
 私達子供は無力だ。クラスメイトがあんな事になってても、特に何か出来るわけじゃないし、
違和感を感じていてもそれがなんなのかわからない。
 でも、真里菜は今大学一年生。私達よりかは、何か知恵を貸してくれるかもしれない。それに
信頼出来る。だからこそ、夏海も頷いたんだろうし。
 真里菜はしばらくなにやら考えていたようだけど、急に顔を上げて言った。
「おかしい所は、ある」
「たとえば?」
「星坂って子は、自分で普通に帰れたのよね。じゃあ、なんで教室で倒れてたの? そんなに
浅い傷なら、とっとと帰ればいいじゃない。それに、なんで自分の手首を切った人の名前を言
わないの? それに、可奈子ちゃんの鞄を間違えて持って帰って、生徒会室でうまい具合に可
奈子ちゃん達が星坂さんを見つける。こんな偶然、ありえる?」
 目の前が真っ白になる気がした。確かにそうだ。星坂さんがなんであんな浅い傷で倒れてた
のか、なんで犯人の名前を言わないのかは、もちろん不思議に思ってた。でも、確かに私達が
星坂さんを見つけたのは、偶然とは言いがたい。
 梨花は本当に偶然だとしても……。確かに、納得出来る話しじゃない。
「リンチ事件の方でも、星坂さん絡んでるしね。なんか怪しいよね」
 夏海はブラックコーヒーをおおげさに啜り、静かに言った。
「私ら、ハメられてる?」
「んー。はっきりとそうは言えないけどね。ハメるといっても、誰かどんな理由で、何があったか
らハメてるんだろう。何がきっかけで、何があったからハメることになった? ハメられるような
事とか、恨まれる事とか、貴方達はしないでしょ?」
 夏海は黙った。そりゃ何がなんだかさっぱりわからない。
 これまで黙って真里菜の話しを聞いていたりこが、静かに喋りだした。
「私が思うにね、鞄は間違ったんじゃなくて、やっぱりわざと持って行ったと思うんだ。で、生徒
会室に行くってクラスの人に言ってたらしいじゃん。それさ、明らかに私達を誘導してない?」
 私達は頷きあった。りこの言うとおりだ。それしか考えられない。とりあえず、今はその考えで
話しを進めるのがいいだろう。
 でも、これで一つの謎は一応解決したとしても、それだとまた新たな謎が起きる。
 手首切ってる姿を私達に見せて、何がある? つーか、それだと星坂さんは自分で手首を切
ったと考えるのが自然だ。犯人の名前言わなかったし。
 そして視点をずらして考えると、梨花は本当に偶然あそこにいたのか? 怪しいもんだ。梨花
がセンセイに何かを相談するとは考えにくいし、梨花なら人の手首を切るくらい、平気だと思
う。実際梨花は喧嘩で一度停学になっている。
 でも一番気になるのは、やはり私達が偶然星坂さんを見つけたことだ。梨花はとりあえず置
いといて、私達が星坂さんを見つけたことに、なんの意味があるんだろう。
 いや、発想を変えるべきか。本当に星坂さんは私達を誘導したのか? そうと決め付けるの
さえ、早いかもしれない。まだ、隠されているであろう真実が全く見えてこない。
 でもいくら考えても、何もはっきりとわからない。
 突然、奈々が大きな声で言った。
「ねぇ。やっぱおかしいよ、梨花」
 夏海は難しい顔をして、「なんで?」と聞いた。奈々がコーヒーを飲み、答える。
「だってさ、あの梨花だよ。相談したいことがあったなら、わざわざ作業が全部終わってからに
することないじゃない。作業を途中で抜けて聞くなり、もっと言えば、相談くらい昼休みにでもす
ればいいじゃない。それに六時だよ。ほとんどのセンセイたちはほとんど帰ってるし、特に野中
は担任持ってないから、いつも結構早くに帰るよ!」
「確かに……」
 やっぱり、梨花があそこにいたのは不自然だ。
 わからない事ばっかり。ま、梨花のことは野中先生に聞けばわかるけど。
 沈黙が流れた。マスターは真里菜が仕事をサボッていても何も言わないし、真里菜はうんう
んと考えて知恵を絞っているようだし、りこは落ち込んでるし、夏海は怖い顔で何か考えている
し、奈々は深刻な顔をしている。
 しばらく黙ってると、夏海が立ち上がった。
「どうしたの?」
「帰ろう」

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