チキン・ガール




「チョコ、あげるね」
 藤崎奈実が紙袋からチョコを出しながら、見てるだけで癒されるほんわかした笑顔で、そう言
った。
 藤崎は高一にしては平均的な身長で、サラサラのセミロングヘアーがよく似合っていて、優し
くてトロンとした顔つき。そしてどこかお嬢様的な印象を人に与える雰囲気を持っている。
 女の子からバレンタインにチョコを貰えるっていうのは、自然と気持ちが安らぐね。後もう少し
で二年生になってしまうという、不安な気持ちが抜けない今の時期なら、尚更だ。いやぁ、あり
がたい。
「はい、水山君」
「ありがとな、藤崎」
 礼を言うと、ニコリと笑う藤崎。この笑顔に勝てる奴はこの世にいないと、俺は心の底から思
った。
 そしてのほほんとした声で、藤崎は言った。
「水山君、本命のチョコはもらったの?」
 藤崎は、今から親に結婚の話を切り出すような顔で、そう言った。
「もらえたらいいな。……藤崎の用意したチョコは、全部義理か?」
「うん。友チョコだけ」
 ほう、それは一安心だ。本命チョコをどこぞの男子に渡すような事があったら、俺は三日ぐら
い引きこもるかもしれん。
「みーずーやーま! アンタ、今安心したでしょ」
「なんの事だ」
 横から茶々を入れてきたのは赤城結花。身長は百六十八センチと高く、髪はセミロングだが
藤崎のようなストレートヘアーではなく、パーマをかけて後ろ髪はウェーブしている。
 赤城は偉そうな態度で椅子にどかんと座り、チョコをボリボリと食べながら甲高い声で喋りつ
づける。
 さっき藤崎に聞いた話なのだが、赤城は昨日藤崎と遊んだ時、既にチョコをもらっていたらし
い。……ということは、今食べてるのは余ったやつか。……俺がもらえばよかった。
「奈実、これすっごくおいしいわよ!」
「ありがとう、結花」
 藤崎がそう言うと、赤城は好き勝手に話を進める。
「うん、甘さが丁度いいわ。奈実、アンタ最高」
「あぁ、確かにうまい。……ところで、お前からチョコはないのか」
 そう言うと、赤城はほっぺたに張ってあるバンソーコーを掻いた。女が顔に怪我をつくるなと
心の中で突っ込む。
「私は作ることも買うこともしないわよ。もらうだけで十分だもん」」
「だろうな。赤城らしいよ」
 俺の言葉を聞くなり、赤城はムスッとした顔つきになり、ギロリと俺を睨む。
「赤城らしいって何よ」
「いや、その男らしいサッパリした所がな」
「水山君。女の子に男らしいはひどいよ。チョコ、返して」
「いや、ちょっと待て。今のはほら、良い意味で……」
 すると赤城はワックスで髪をぐしぐしといじりながら、足を組替える。
「ほら、お前の長所というか……」
「無理に言わなくていいわよ。どうせ私のこと大雑把で男っぽくてまさしくB型な奴だとか思って
るんでしょ! なにそれ凄い腹立つ! 違うわよ私はA型よ!」
 赤城がヒステリーを起こした。
「赤城、そんな怒ることじゃないだろ……」
「いーやーだ! 私は男らしいって言われるのが死ぬほど腹立つの。私、女よ。男に見える?」
「藤崎、なんとかしてくれ」
「無理」
 しかし何故そこまで怒られなきゃダメなんだ。ただの冗談じゃないか。いきなりヒスを起こされ
ると、さすがに気分が悪い。だが、相手が怒ってる場合、こちらは冷静にならなければならな
い。水山健吾、ここは落ち着くべきだ。そう自分に言い聞かせる。
「悪かった。お前は女らしい」
「どんなところが?」
「……」
「みーずーやーま?」
 はて。いきなりそんな事を言われても思いつかない。なんか面倒になってきたな。
「あぁ、あるぞ。その髪型。結構イカしてる」
 言って後悔した。今のは失言だ。可愛いというべきだった。
 赤城は顔を真っ赤にして、鞄を乱暴に肩にかけてズカズカと教室から出て行った。

 赤城と出会ったのが去年の四月だから、もうほとんど約一年の付き合いになる。これまで赤
城は冗談や皮肉でここまで怒ることはなかったんだが……。そんなに男らしいという発言が気
に食わなかったのかと思うと、ちょっと不思議だ。
 ……いや、ただ単に俺が超無神経男なのか? まぁ、女の考えてる事は俺にはさっぱりわか
らんが。
 俺と藤崎は、放課後の教室にポツンと取り残された。窓からオレンジ色の光が差し込んでき
て、切ない気持ちになった。夕日というのは、そういう気持ちにさせる力を持ってるんだな、きっ
と。
 所在なさげに突っ立っている藤崎は、紺色のブレザー、青いワイシャツ、緑と赤のチェックの
スカートという組み合わせの制服ががよく似合っている。
「水山君。結花、怒ってたよ」
「あぁ、もんのすごい怒ってたな」
「謝りなよ」
 藤崎は上目遣いで俺の顔をじーっとみつめてくる。テストで赤点を取ったときみたいな表情で
俺を見ないでほしいものだ。心が痛むじゃないか。
「でも、別にあそこまで怒ることじゃないだろう? さすがに謝るのはなんか……」
「じゃあ結花と喧嘩したままでいいの?」
「ん……。それは、まぁ嫌だけど」
 心にわだかまりがある。赤城はあんなくだらない冗談でいちいち怒るような、面倒な奴ではな
い。では、何故怒ったのか。
「なぁ藤崎。なんで赤城はあんなに怒ったのか、お前はわかるか?」
「私から答え聞いても意味ないじゃない。自分で考えて答え出さないとダメよ」
 おっとりした顔と声で、鋭い事を言うな。
 自分で考えてと言われても、わからない。どう考えてもあいつはあんな事じゃ怒らない。いや、
待てよ。最初から機嫌が悪かったのかもしれん。その可能性も考えられるが……。
 その考えも多分ハズレだ。赤城は機嫌が悪いとき、モロに機嫌の悪さが態度で表れても、人
に当たるようなことはしない。
「ねぇ水山君。ちゃんと結花に謝るんだよ? 謝らないと、これから毎月十四日をホワイトデー
にするよ」
「善処する」

 家に帰って何をしようかと思い、本でも読もうかと思ったが、どうも気持ちが落ち着かないの
で、その日は早めに寝た。
 寝てしまえばすぐに次の日が来るわけで、日付が変わると同時に、俺の考えは変わってい
た。
 よく小説では、書き上がった原稿は何日かおいてから推敲せよ。と言うが、まさにそれか。朝
起きてよーく考えてみると、やはりあの失言は、赤城でも怒ることなんじゃないか。急に不安に
なってきた。あの時は興奮していたので、自分よがりなことしか考えていなかったのではない
か?
 が、だからといって謝るのもなんだな。たかがあれだけのこと……。いや、でも……。いや、よ
そう。ぐだぐだ考えてもしょうがない。
 支度をすませて家を出て、自転車にまたがる。
 俺の家から我が琴別高校は、自転車こいで二十分でいける。家から国道に出て、まっすぐ突
き進み、さらに進むと坂があるのでそれをえっさほいさと登る。
 登りきるとそこには琴別高校がある。一応近くにジャスコがあるのだが、ここら辺は住宅地な
ので、ごちゃごちゃと家が建っている。あぁ、なんともつまらん風景だ。自然がみあたらん。これ
じゃ心が癒えん!

 教室に入ると、ムスッとした顔をしている赤城と目が合った。
 赤城はまだほっぺたにバンソーコーを付けていて、かなり険しい表情だ。
 やはり俺が悪かったんだろうか。いくら冗談言われたぐらいでいちいち怒らない赤城でも、腹
の立つ言葉と立たない言葉があるんだろう。
 だが、謝るのは気が引ける。相手が男なら気軽に謝れるのだが、相手は気難しい年頃の女
子だ。女友達という関係は、こういうとき一番難しい。簡単に仲直りできるもんじゃない。しかも
相手は血の気盛んな赤城だ。謝ってもバカとか知らないわよとか勝手にすればとかなによアン
タもしかしてチョコ欲しいだけなんじゃないの? とか言われるだけだろう。
 だが、なんで謝らなきゃダメなんだという気持ちも、まだ少し残ってたりするもんだから、タチ
が悪い。
 いやしかし、話し掛けないことには何も進まない。
 俺はゆっくりと赤城に近づいた。
「よう、赤城」
「あー香水買うの忘れたぁー」
「おはよう」
「今日は帰ったらなにしようかなー」
「朝飯をコッペパンからクロワッサンに変えようと考えてるんだが、どう思う?」
「あ、ねぇ奈実! 借りてた漫画持ってきたよー」
 ……あ、赤城さん?
 赤城は凄い勢いで椅子を蹴倒し、藤崎の席へ駆け寄っていった。……女子にシカトされるほ
ど辛いものはない。

 たとえ俺の身になにがあろうとも、もちろん授業は行われる。どんどん時間は流れていって
も、俺と赤城の間にある壁はなかなか崩せない。
 昼休み、俺は藤崎に相談することにした。
 藤崎の席に近づくと、机に化粧ポーチが置いてあるのが目に入った。椅子にちょこんと座っ
て本を読んでいた藤崎は、俺に気づくと、髪をかきあげながらひょいっと顔をあげ、くりくりした
大きい瞳で俺をみつめる。俺の心臓の鼓動が早くなっているのは気のせいだ。
「なぁに? 水山君」
「相談があるんだが」
 そう言うと、藤崎はちょっと嫌そうな顔をしたが、俺は気にせず喋りつづけた。
「俺はどうすればいいんだろう?」
「だから、それは自分で考えないと意味ないの。私の意見を聞いて、それに従ったところで、本
当の解決につながるの?」
 返す言葉はない。全く藤崎の言うとおりだった。
「……ところで藤崎。お前が化粧なんて珍しいな。ファンデーションなんか持って」
「あぁ、これ? 私、化粧は出かけるときしかしないんだけどね、えぇと……」
 藤崎は下を向き、人差し指で鼻の頭を掻きながら唸った。しかし、いきなりハッと顔をあげる
と、どこか楽しげな顔つきになっていた。
 いや、楽しげな顔というよりは、なにか閃いたような、そんな表情に見えた。
「あのね、チョコ作りって難しいの。まずチョコ選びで悩んじゃうの。色んなチョコを食べ比べし
て、一番良いのを探すんだ。あ、ちなみにあれはスイスのチョコだよ」
 ふむ。
「でね、私結構チョコ食べちゃってほっぺたに……」
「あぁ、なるほど」
 そりゃ、チョコを沢山食べれば、吹き出物の一つや二つや出来てもおかしくない。それを化粧
でごまかしているという訳か。しかしそこまで真剣になってチョコを作ってくれたのか。ホワイトデ
ーは俺も頑張ってみるか。
「まぁ化粧でごまかせるレベルで助かったよ。はやく消えないかな」
 そんな話をしてると、赤城が教室に入ってきた。購買に行っていたらしく、パンと飲み物を持っ
ている。
 赤城はさっそうと藤崎に近寄ってきた。多分、俺のことは眼中にない。
「やっほー奈実」
「やっほ」
「ねぇ、この口紅お気に入りなんだけどさ、塗ってみる?」
「うん、塗ってみる」
 俺はほげーっと突っ立ちながら、二人の楽しそうな顔を見ていた。
 赤城は大人びた顔立ちだが、まだ少しあどけなさが抜けきっていない。笑えば笑うほど、子
供っぽい素直な顔になる。ほっぺたのえくぼが、子供っぽさを更に強調させる。
 俺は赤城の顔を見て気づいた。ピンときた。そう、全てはそういうことだったのか……。

 三時十五分、授業終了。俺は授業が終わると、すぐに赤城にメールを出した。夕方四時、琴
別公園で待つ。という短い内容。
 俺はすぐに琴別公園へ走った。来てくれるか不安だったが、赤城は四時にちゃんと来てくれ
た。
「……何?」
「そのバンソーコー、怪我したわけじゃないだろ」
 そう言うと、赤城はもともと大きい目を、更に見開いた。
「な、なんで……?」
「さっき藤崎が、チョコを食べ過ぎて吹き出物が出てしまって、化粧でごまかしているという話を
しててな、それでピンときたんだ。ずっと怪我かと思ってたけど、顔に怪我を作るなんてかなり
珍しいことだ。それに、お前なら怪我した理由を、誰に聞かれずとも自分から説明するはず
だ。ちょっと聞いてよマジで腹立つんだけど! みたいな感じでな。……俺の言ってること、間
違えてるか?」
 化粧でごまかせない大きさだったから、バンソーコーでごまかしているんだろう。という台詞は
あまりにも失礼なので言わないでおく。
「……だって、不味かったんだもん!」
「へ?」
「あの日、本当は手作りのチョコ持ってきてたわよ。でも、奈実のチョコ食べたらすっごくおいし
かった。その後に、私の不味いチョコなんか渡せる訳ないでしょ。そんなの恥ずかしくて出来な
いわよ! それが、何よアンタ。男らしいって、ひどいじゃない!」
「……すまん」
「絶対許さない!」
 と言いながら赤城は、なんと鞄からチョコを取り出した。
 赤城は、そのチョコを憎らしそうにじっと睨みながら、言った。
「アンタ含めて友達に渡すために、チョコ頑張って作ったけど、全然ダメだった。どうしてだろう
ね。奈実と同じスイスのチョコにもしたし、いやそれは別に関係ない話かもしれないけど……。
どうして私のは不味いんだろう……」
「おい、赤城」
「なによ」

「俺、藤崎からしかチョコもらってないんだ。寂しくてしょうがないから、そのチョコよこせ」



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