高校生VS小学生




 高校に入学して、もう半年ほどが過ぎた。十月になるともう十分に肌寒い。ちょっと前に受験
終わって落ちて香蓮高校に入学したと思ったのに、もう冬を迎えようとしている。こんなにも時
が過ぎるのが早かったら、すぐにおばあさんになっちゃうなぁ。
 今、私は友達の愛敬りことススキノの街を歩いてる。りこは百四十四センチしかなく、とっても
チビ。そして童顔なので、小学生にしか見えない。でも、ちょこちょこしててすっごーく可愛い
の。
 こうして友達と気軽にススキノを歩けるなんて、ごく普通なことだけど幸せだと思う。りことは、
大人になってもおばあちゃんになっても遊んでたいな。そう、おばあちゃんになっても。
 ただ、年取っても今のように街を歩くことは出来ない。今日は、かなり服を決めてきた。ちょっ
とお姉さん系のカッコ。黒色のレースブラウスは色っぽいデザインで好き。プリーツスカートもな
かなかグッド。ただ、これは私が若い女だから着れる訳で、こんなの年取ったばあさんが着た
ら恥どころじゃない。
 そんなことを考えながら歩いていると、急に前から美人な女の人が話しかけてきた。
「貴方、高校生?」
「そうですけど」
 すると、女の人は名詞を取り出した。見ると、なにやらどこかの事務所の人らしい。
 ヤバイ。またスカウトだ。私は街を歩くと、たまに水商売や芸能事務所にスカウトされる。前は
風俗にまでスカウトされる始末。
 私はすぐに名詞を突きかえした。早くりこ連れて逃げないと! そう思って横を見ると、なんと
りこがどこにもいない。
 なにやら喋ってる女を無視してりこを探すと、りこはふらふらと綺麗な服が飾ってあるショーウ
インドウへ吸い寄せられていた。
 そして振り向いて、私の状況に気づいた。
「奈々ちゃん。この服、可愛いよー」
「あ、本当だねー」
 そうさりげなく女から離れる。ふ、私は芸能界なんかに興味ないのよ! じゃあね美人さん。
 で、りこに近づいていったとき、突然りこの後ろから幼い顔つきのチビ二人組みが走ってき
た。まぁどう見ても小学生。ユニホームを着て、エナメルバッグをかついでる。スポーツチーム
かなんかの帰りなんだろう。
 呆然としながら見ていると、なんとそいつらはりこの持っていた鞄を強引にひったくると、その
まま物凄い勢いで走り去って言った。
 は、白昼堂々、マジかよ!
 つい固まっちゃったけど、りこの叫び声で我に返り、私はその小学生二人組みを追いかけ
た。
「ちょ、アンタら待ちなさいよ!」
「おい。マガサキ。あの女一人じゃなかったぞ」
「姉ちゃん一緒だったのか。気づかなかった」
「マガサキ。早く走れ!」
「姉ちゃんじゃないけど、逃げんなってガキ!」
 ススキノの街を、人目も気にせず走って追いかける。ち、ちきしょう。こんなに可愛いカッコし
てきたのに、なんで激走しなきゃダメなんだよ。
 でもね、クソガキ。高校生ナめんじゃないわよ。わたしゃあ運動神経悪いけど、走るのはそこ
そこに速いんだから……。
「おいマガサキ。あの女遅い。撒けるぞ!」
 小学生二人組みは、余裕の笑顔で私を振り返り、ニヤリと笑った。
 ブチギレ寸前だったけど、私は頑張って走った。でも、どんどん遠ざかっていく。な、何よあの
二人。ガキにしては速過ぎない?
 周りの人やビルなどがどんどん後ろに流れていく。ガキ共は大通りの方へ走っていく。マズ
イ。駅に行かれたらさすがにどうしようもない。
 それに何より……。
「バーカ! ヒールで走れるわけないだろ。クソ女!」
 その通りである。私は今ヒールを履いてるのだ。気持ちはボルト並みに激走してるけど、実際
はランニング程度のスピードしか出ていない。
 どんどん遠ざかる小学生。そして、気づけば人ごみの中に消えて行った。
 強烈な喪失感と、怒り。
 私の大事なりこの鞄を盗む時点で死刑もんなのに、この私をクソ女呼ばわりしたあのガキ、
絶対許せない。
 ついさっきスカウトされかけた私が、クソ女ですって? 許せない。ぜぇぇったい許せない。も
し気が変わって芸能人になっても、サインなんか絶対あげないんだからね!
 しばらくすると、りこが走って来た。
「な、なななな奈々ちゃん。ご、ごめんねっ」
「アンタは悪くないよ」
 りこは不安そうな顔で私を見上げた。ボブカットヘアーが乱れ、大きい目はうるうるしてる。つ
い抱きしめたくなったけど、街中なので我慢する。
「りこ、あいつら絶対捕まえるわよ」
「え、でも。どうやって?」
「警察よ。警察! 困ったときの警察よ。ほら、ススキノの交番行きましょ」
「な、奈々ちゃん。それ無理」
「どうしてよ。立派なひったくりじゃない。犯罪じゃない。それに私をクソ女呼ばわりよ。シめるべ
きだわ」
「でも、警察に助け求めたら、私が警察にシめられるんだよ」
「……なんで?」
「だってだって、鞄にタバコ入ってるんだもんっ」
「りこのバカ! タバコはお家で吸いなさい!」
 あー、もう。さすがにそれじゃあ、警察に言いにくいじゃん。でも、だからといって放っておく訳
にはいかないしなぁ。
 でもどうしよう。自分達でどうにか出来る問題じゃないし。
「鞄に何入ってたの?」
「まず財布。お金は三千円くらいで、あとカードとか。んでプリクラ帳とか化粧道具とかお菓子と
か。あとタバコ。携帯はポケットに入れてたの」
「うーん。財布とプリクラ帳はなんとしてでも取り返したいよね。お金は当然だし、プリクラは同じ
物なんてないし」
「そうだよー。どうしよう」
 うーん。どうしようね。
 あ、そういえば。
「さっき、マガサキって名前呼んでたのよね。で、確かにユニホームにマガサキって書いてあっ
た」
「うん」
「ってことは、ここらへんの小学校のマガサキって奴を探せばいいんじゃん! マガサキなんて
名前、滅多にないから見つかるかもよ」
 りこの目が、キラキラと輝いた。
「そ、そうだね。奈々ちゃん、頑張ろう!」
 と言って、りこは私の両手を掴んでぶんぶんと振り回す。可愛いなぁ。りこみたいな妹欲しか
ったなぁ。でもりこは私と同い年だから、妹には出来ないよね。
 私達はとりあえず、喫茶店で今後のことを話すことにした。人と建物で窮屈なススキノを抜
け、街から出る。
 札幌は都会と言えば都会だけど、実際ちょーっと街から出るとすぐに山とか森とか出てくるん
だよね。そこらへん、東京や大阪と比べると全然違う。
 でも、そこがいいんだよね。都会は都会。田舎は田舎。自然は自然とちゃんと揃ってる。私は
もっと都会の方がいいけど、やっぱり自然がある程度あった方が良いかな。あんまりごちゃご
ちゃしすぎると、なんだか気が滅入る。
 街からしばらく歩いて、コロポックル・コタンという喫茶店に入る。テーブルも椅子も全てが木
という雰囲気溢れる喫茶店。
 一番左奥の席に座り、私はブラックコーヒーを。りこはオレンジジュースとパフェを頼んだ。
 うーん。落ち着く。学校なんかにいたら、こんなにもリラックスは出来ない。
「ねぇ奈々ちゃん。ススキノ周辺の小学校ってどこだろ?」
「沢山あるんじゃない? 二十校くらい?」
「それ全部探すの?」
 嫌だよ。面倒くさい。
 でも困ったな。深く考えなくとも、小学校は沢山あるんだよ。それにススキノ周辺を探すという
ことは、中央区全部を漁らないとダメじゃん。札幌の中心部を探し回るのは無理。
 さて、どうするか。よく考えてみよう。まずあのユニホーム。青色で、背番号と名前が書いてあ
った。坊主じゃなかったし、まぁサッカー部だろう。
 という事は、小学校じゃなくてまずはここらへんのサッカーチームから当たるのが妥当だろ
う。そして、ススキノ周辺。
「りこ。アンタ、サッカーには詳しい?」
「サッカーはよく見るよ」
「じゃあ有名な選手言ってみてよ。私スポーツはわからないの」
「うーん。セルジオ?」
「……ねぇ、小学生のサッカーチームを当たればいいと思うの。あのユニホーム姿は小学生
よ。もしかしたら、試合帰りかもしれない」
「そうだね。ねぇ、セルジオはダメなの?」
「うるさい。ていうか、サッカーチームってどうやって調べればいいんだろ……」
 コーヒーとパフェが運ばれてきた。
 私はタバコに火をつけ、コーヒーを一口飲む。いやぁ、コーヒーはブラックに限るね。
 りこはパフェをもぐもぐと食べ、オレンジジュースをがぶ飲みする。パフェのいちごを崩し、クリ
ームを一気に口に入れる。最高の笑顔でパフェとたわむれるりこは、まさに今この時が一番の
幸せなんだろう。
 でも、急に暗い顔になった。
「……財布が無いから、お金払えない」
 はっ。しまった。じゃあ私が奢らなきゃダメじゃない。財布の中を確認すると、なんとかお金は
払えそう。
 あーあ。今ケーキでも頼もうと思ってたのに。そう落胆していると、りこは察したのか、フォーク
にキュウリを突き刺して私の口に運んでくれた。
 りこはだんだんと鞄が盗まれた実感が沸いてきたのか、静かになってきた。ここは私が頑張
って元気づけてあげないと。考えろ。考えるんだ。
「ねぇ奈々ちゃん。小学生には小学生だよ。私達じゃあチビっ子のスポーツチームを調べるな
んて無理だよ。なんか、詳しい人いないかな」
 詳しい人ねぇ。私はガキの頃から既にガキには興味ないからなぁ。高校生になった今、小学
生の知り合いはいないし、親戚の子は遠い名古屋にいる。
「思いつかない」
「友達とかはどうだろう。昔所属してた人なら、ユニホームの特徴教えればどこのチームかわ
かるかも」
「確かに。りこはいない?」
「小さい子の知り合いはちょっと……」
「アンタだって小さいじゃん」
「ち、ちいさ……。わ、私は十六歳だよ」
「でもチビじゃん」
「む、胸は奈々ちゃんの方が小さいじゃんっ。チビチビ!」
「うるさい! チビにチビ言われたかないわよ」
 とにかく考えるんだ。友達に昔サッカーをやっていた奴はいるか? 思い当たらない。付き合
った奴らを思い出す。バスケやバレーはいたけど、サッカーはたまたまいなかったんだよなぁ。
こんな事なら、中三の時告白してきたサッカー部のやつと遊びで一ヵ月くらい付き合っておけば
よかった。とかは思わないけど。
 じゃあ友達の弟はどうだろう。サッカーをやってる弟を持つ友達……。もしもいれば、そこから
突破口が開けそうだ。
 サッカー。サッカーサッカー。……思いつかなーい。
「これは直接的に探すのは無理そうね」
「ってことは?」
「ややこしいけど、サッカーやってる小学生の弟または知り合いがいる知り合いを探すのよ」
「なんか遠ざかった感じもするけど……。それが一番ありえそうだね」
「うん。ってことで、この近くに住んでる男友達を呼ぶわね」

 私その友達にメールすると、そいつは三十分ほどで来た。
 海藤駿という人で、同じ香蓮中学だったのだ。今でも仲の良い友達。海藤は私達を認める
と、何故か私をじーっと見たまま動かない。店のドアの前で突っ立っている。……フリーズ?
 あ、そうか。私はちょっと空気読めてなかった。りこはこの男の事を知らないんだ。
「私の友達。この人から、なんとかサッカーやってるガキの知り合いを探り当てましょう。ほら、
海藤。こっち来なさい」
 海藤はてくてくとこちらにやって来て、私の隣に座った。りこはパフェを食べる手を止める。
「えーと。海藤駿です。……中学生かな?」
 りこは口をぽかーんと開けて、目をパチパチさせた。ショックだろうね。
「バカ。同じクラスのりこ」
「そうか。で、何の用?」
 なんと失礼な男。
「アンタ、サッカーは好き?」
「まぁ見るくらいには」
「有名な選手知ってる?」
「ドログバが好き」
「知らない。ね、サッカーやってる知り合いいない?」
 海藤は少しの間うーんと考えて、言った。
「うちの高校のサッカー部の奴が一人」
「その人って、小さいころからやってるの?」
「いや、始めたのは中学生からだってさ」
「使えないわねぇ」
「人呼んどいてあんまりだな、お前。小さいころからやってると言えば、俺の妹かなぁ」
 ……妹?
 あぁ、そうか。ちょいと先入観を持ちすぎてた。そりゃ女だってサッカーはやるわよね。でも、
海藤の妹がサッカーやってたなんて知らなかったなぁ。
 ちなみに海藤の妹は、私と海藤の出身校である香蓮中学に通ってる。確か二年生だったか
な?
「妹って、亜梨沙ちゃんでしょ。サッカー好きなんだ」
「つっても、今は香蓮中サッカー部のマネージャーだけどな。小学生の頃は、好きな男がサッカ
ーのチームに所属してるってんで、よく見に行ってたらしい」
 私とりこは見つめあった。よし、もう海藤駿に用は無いわっ。用があるのはこいつの妹よ。も
しかしたら、あのガキのチームを知ってるかもしれない。
 これで鞄を取り返せる。そして、私をクソ女呼ばわりしたあいつに、どうお仕置きをしようかし
ら。ヒールで急所蹴りなんかいいわね。
「今からアンタの家行くから」
「なんで」
「なんでって……。いいじゃん」
「いや、だから。さっきから展開が急だろ」
「いいじゃん。亜梨沙ちゃんいる?」
「今日はいるけど」
「じゃあ、行こう」
「そのじゃあって意味がまずわからん」
「アンタちょっと融通利かなすぎよ。ねぇ、いいでしょ」
 海藤は溜息をして、頷いた。そこで私はチョコレートケーキを注文した。ケーキの分は海藤に
払ってもらって、今度返すことにする。
 私とりこはケーキとパフェをさっさと平らげ、席を立った。海藤はどことなく納得いかなそうな
顔してる。
「……迷惑だった?」
 海藤は笑顔で「全然」と言ってくれた。ま、私はそんな優しさくらいじゃ惹かれないけどね。
 コロポックル・コタンを出てしばらく歩く。りこは鞄が無くて寂しそう。最近のガキは本当になっ
てない。人の鞄ギるなんて、親の顔が見てみたい。
 歩くの疲れてきたなぁと思った時、海藤の家についた。ごく普通の一軒屋。
「おじゃましまーす」と言いながら靴を脱ぎ、さっさと階段を上がる海藤についていく。りこはちょ
っと戸惑っていたけど、鞄のためにはしょうがない。
 海藤はベッドに座り、さてどうしようという顔になった。
「亜梨沙になんか用?」
「そう、亜梨沙ちゃんよ。お話ししたいの」
 私がそう言うと、海藤は部屋を出て行きドアを閉めた。
 すぐに戻ってきて、後ろには可愛らしい女の子がちょこんと立っていた。亜梨沙ちゃん。
「あ、奈々ちゃん。久しぶり!」
 と言って、亜梨沙ちゃんは部屋に飛び込んでくる。
 亜梨沙ちゃんは今中二で、ちょいと小柄(もちろんりこよりは大きい)。ボブカットヘアーが似合
っていて、今時珍しい清純系な子。
「久しぶりね。あ、この子は愛敬りこ」
 紹介すると、りこはぺこりと頭を下げた。亜梨沙ちゃんも丁寧に頭を下げて言った。
「初めまして。えーと……。どこ中?」
「ち、違うよ! 香蓮高校の一年だよ!」
「えっ。あ、ていうかごめんなさい!」
「いいのよ亜梨沙ちゃん。小学生と思わなかった時点で偉いわ」
 りこはとてつもなく不満げな顔で私をじーっと見てくるけど、気にしない。私たちは海藤を無視
して亜梨沙ちゃんとしばらく雑談を楽しんで、話題が一区切りしたところで、聞いてみた。
「ねぇ亜梨沙ちゃん。今、サッカー部のマネやってるって本当?」
「まぁ、一応ね。別にいつも行ってるわけじゃないの。気が向いたときふらーっと」
「そう。ねぇ、小学生のころ、サッカーチームの試合とか、よく見に行ってたんだって?」
 私がそう聞くと、亜梨沙ちゃんは海藤をギロリと睨んだ。睨んではいるけどあまり迫力はな
い。
 あ、そうか。亜梨沙ちゃんからすれば、あまり人には知られたくないことだもんね。それをさら
っと海藤は言っちゃったし、私も言っちゃった。
 亜梨沙ちゃんは顔で十分に海藤に抗議してから、また私を見た。
「うん。何回かね」
 よしよし。これはイケるかも。海藤なんかより全然使えるわ!
「あのさ。ススキノ周辺で、青いユニホームのチーム知らない? 模様とか無くて、ほんっとうに
真っ青」そう聞いたら、亜梨沙ちゃんは即答した。
「いないよ。青いユニホームってありきたりだけど、ここら辺には青いユニのチームほとんどい
なかった。今はどうだか知らないけど……。ただ、白い横の模様が沢山入ったチームと、青色
で真ん中にクロスの模様があるチームはいたかな。まぁ、全部把握してるわけじゃないけど」
「マジでぇ……。横の模様もクロスの模様もなかったんだけどなぁ……。全部把握してないって
事は、まだある可能性はあるのよね」
「そうですけど。でも、私は一部のチームしか見たことないし、ちょっと記憶もあいまいです。た
だ、青いユニホームのチームは、確かに全く記憶にないなぁ。黒とか白は覚えてる」
 うーん。考えて見れば、数年前の記憶だもんなぁ。いちいちチームのユニホームなんか覚え
てないよね。むしろ、亜梨沙ちゃんはかなり良く覚えている方だ。
 でも困ったな。亜梨沙ちゃんの情報だけだと、あのクソガキのチームを探し出せない。やっぱ
り根気良く探し出すしかないのかな。
「あの……。どうして奈々ちゃん、そんな事聞くの?」
「簡単に説明すると、りこの鞄が小学生にギられてね。で、その盗まれた鞄にはタバコが入って
るから、警察にはあまり通報したくないわけ。んで、小学生が青いユニホーム着てたから、ちょ
っと探してたの」
 亜梨沙ちゃんは苦笑いを浮かべた。まったく。恥ずかしい年上である。
 なんだか諦めが出てきた。やっぱ、無理よねぇ。もう一度あのガキ達、もしくは同じユニホー
ムの奴らを見かけてとっ捕まえたり出来ればいいんだけど。
 あー、もう。ていうかそもそも、あの女が話しかけてこなかったら、私はりこから放れなくて、盗
まれてもなんとか対処できたかもしれないのに。
 それに、なんで私がここまで頑張らねばならんっ……。とも思ったりするけど、りこは浮かない
顔だし、やっぱり友達が困ってるのに放っておけないよね。それに鞄の盗難よ。許せるわけな
い。
 ここは落ち込んでいないで、なんとか考えないと。
 なんとなく手持ちぶたさになって、そこらへんに落ちてたマガジンで海藤の足をぺしぺし叩い
てたら、急に亜梨沙ちゃんが喋りだした。
「ていうか、その小学生も度胸あるよねぇ」
「え?」
「だって、その。失礼な事言うつもりはないんだけど、私が小学生なら、奈々ちゃんと愛敬さん
の二人から鞄盗ろうと思わない。確かに愛敬さんは童顔だけど、よく見れば化粧してるし、さす
がに小学生には見えないよ。垢抜けてるし。それに奈々ちゃんみたいな大人っぽいお姉さんも
いたとなれば、勇気出ないよ」
「あー。でもあの時、りこ私からふらふら離れてたし、後ろから突っ込んできたから、身長だけで
勝手に小学生だと判断したんでしょ」
 全く。真正面から向かってきたら右ストレートをお見舞いして、その後ヒールで急所でも踏ん
でやったのに。いや、そこまではしないけど。
 でもあの時、後ろから走ってくる小学生を、私がちゃんと止めればよかったんだ。呆気に取ら
れてないで。ちゃんとりこを守れなかったなぁ。
 私が溜息をつくと、りこの顔が何故か、少し白くなった気がした。
「りこ。どうしたの?」
「ね、ねぇ。私は後ろから鞄盗られて、顔見る暇なかった。確かにパッと見は小学生だったの。
背も小さいし。奈々ちゃんはどう?」
「チビだったね。それに、童顔だった。でも……」
 私ら四人は顔を見合わせた。あ、そうだ。小学生と勝手に決め付けてた。確かに童顔だっ
た。チビだった。でも、足はかなり速かった。
 私が混乱していると、亜梨沙ちゃんが追い討ちをかけた。
「あの……。奈々ちゃん知らないっぽいから言うけど、香蓮中サッカー部のユニホームってね、
青色なんだよ。模様とか何もない、シンプルな青」

 私とりこは、休日明けの月曜日。学校が終わるとすぐに香蓮中のグラウンドへ行った。
 グラウンドではサッカー部や陸上部などが練習している。
 キョロキョロと亜梨沙ちゃんを探していると、りこがどこかを指差している。見ると、その指の
先に亜梨沙ちゃんがいて、こちらに手を振っている。
 駆け寄っていくと、亜梨沙ちゃんは笑顔で言った。
 マガサキのことは既に話しておいたので、すぐに「マガサキはどこ?」と聞いた。
「そこにいます。マガサキ! ちょっとこっち来て!」
 亜梨沙ちゃんがそう言うと、一人の男がこちらを振り向き、少し遅れてもう一人の男も振り向
いた。
 そして、二人の顔が一気に真っ青になった。
「え、かか、海藤? な、なんで?」
 問答無用。中坊のくせして高校生に喧嘩売るなんて良い度胸してるわ。年上に、しかも香蓮
中の卒業生に喧嘩売る事がどういう事か教えてやるわ!
 そう思い、後ずさりする二人に向かって、私は思い切り走った。今日はいつも履いてるローフ
ァーじゃなくて、わざわざナイキの運動靴を履いてきた。
「クソガキ! 逃げんな!」
 私は全速力で追いかけた。が、二人とも早い。一目散に校舎へ向かっていく。さすがサッカー
部。早い。
 後ろからりこも追いかけてくるけど、遅い。亜梨沙ちゃんもとりあえず着いてきてるけど、かな
り戸惑ってる。
 やはりここは私がなんとかしなきゃ。
 あろう事か友達の鞄盗んで、そしてこの私をクソ女呼ばわりして。女にそんな暴言を言って、
許されると思ってんのか。このガキは。それにくわえて、年上に向かって完全にナめた態度。
「アンタら、ぜぇぇったいシめるからね!」
 二人は後ろを向かない。
 でも、やがて二人は玄関までたどり着いた。さすがに中にまでは入ってこないだろうと思った
のだろう。スピードを緩めた。
 甘いわ。甘すぎるわ。私はスピードを緩めずに玄関の中へ突撃する。あぁ、懐かしき母校!
 二人とも青い顔をして校舎の中へ入っていく。私はなおも追いかける。懐かしき学びや(特に
何かを学んだ記憶は無いけど)を走る走る。
 階段を上がり、二階に行く。そして更に追いかけようと……した。
「ち、千瀬! お前何やってるんだ!」
 ショック。三年の時の担任だ。
「犯人追走です!」
「お前高校生になってもまだ意味不明な事してるのか!」
「違うんだってバカ! あのマガサキとか言うやつが私の友達の鞄盗んだの!」
 私がそう言うと、二人とも後ろを振り向いて、諦めたような顔で私と元担任を見た。
「アンタら、やっと諦める気になった!?」
 私は二人に突進していった。
「ちょ、ちょっと。か、鞄は返します!」
「じゃあさっさと返しなさい。ていうか逃げるんじゃないわよ。あのね、アンタら中学生のくせし
て、高校生ナめんじゃないわよ」
 引っぱたいてやろうかと思った時、元担任に襟首を引っつかまれてしまった。

 その後、事情を話して、鞄はその日のうちにすぐ返してもらった。りこは、その二人にしばらく
お説教をして、私もくどくどと説教を続けていたら、元担任に止められてしまった。まぁ、解決し
たから許してあげるわよ。何より、りこが鞄返って来て納得しているから、もう終わり。怒りは収
まらないけど、あくまでも鞄盗まれたのはりこなのだから、私がそんなに怒ってもしょうがない。
 なんていうか、人は見た目じゃわかんないね。本当に小学生だと決め付けてた。それに、私
はまだまだ咄嗟の判断力とか、冷静に考える力が無い。幼い。高校生になって大人になった
気分だったけど、全然ダメだなぁ。
 ちなみに、その日は元担任に物凄い怒られた。でも、私はしょげたりしないもんね。高校生活
は、まだ長い。


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