愚者は笑った




「財布が盗まれたわ!」
 と、同じクラスの野々宮令は、俺と山岸浩二に叫んだ。
 学校で盗難というのは、驚くような話しではない。残念ながらよくある話だ。しかし、俺はとても
驚いた。なぜなら、財布は絶対に盗まれない状況下にあったはずだからだ。
 盗まれるわけはない。盗めるわけがない。
 しかし、世の中に絶対はない。木から落ちる猿だっているんだ。簡単に絶対なんてことを口に
出してはいけない。
 そのために、“絶対に盗まれない状況”を、頭の中で思い出して整理することにする。
 それは、ついさっきのことである。

 明清東高校には、新聞部が二つある。はたして新聞部が二つもある高校は、うち以外にいく
つ存在するのだろうか。俺の良そうだと、ゼロだ。
 俺の所属している明清東新聞部は、部長の白井綾とこの俺、海藤駿の二人だけ。生徒会新
聞部は、部長の野々宮令を入れて八人もいる立派な部である。もちろん山岸も部員の一人
だ。ちなみに野々宮は生徒会の副部長でもある。
 最近、このふたつの部で一緒に新聞を作っていた。たまにはお互い協力して一つの新聞を
作ってみてはどうだろうか、という生徒会新聞部の提案によるものだ。
 誰も反対するものはいなかった。俺は面倒くさそうなのであまり良い気はしなかったが、九人
が賛成してるのに、自分だけ反対するのはさすがに勇気がいる。
 どうでもいいけど、そんなことするんなら合併してしまえばいいじゃないか。新聞部が二つもあ
ってどうする。
 ということで、字の上手い人や文章の構成力が上手い人などは主に原稿を書いたりと、分担
して作業することになった。
 今日は俺、野々宮、山岸とで、札幌でトップクラスの実力と呼び声の高い、バスケ部の三年
生でありキャプテンである、大道先輩にインタビューをしていたのだ。
 場所は一階の渡り廊下から出てすぐの会議室だった。
「野々宮、風邪は大丈夫か?」
 インタビューが終わって大道先輩が会議室から出て行った後、すぐにそう聴いた。かなり鼻
声で、ずっと鼻をかんでいる。見ていて心配になるのは自然だろう。
 それに山岸がちょいちょい間に入ってくだらない質問をするので、インタビューがかなり長引
いた。
 野々宮のエネルギッシュな瞳は涙目で、高い鼻は少し赤くなっている。パーマ(もちろん校則
違反だが)をかけた後ろ髪は、汗ばんでいるようにも見えた。ていうか生徒会の副部長が堂々
と校則違反って、どうよ?
「えぇ、なんとかね。インタビューなんとか上手くいったし。これのおかげね」
 と言って、小銭入れからお守りを取り出して、ひらひらと見せてきた。ちなみに、この小銭入
れは俺が誕生日にプレゼントしたものだ。
「なんだ、そのお守りは」
 俺の疑問には、山岸が答えた。
「あぁ、俺があげたんだ。偶然押入れから出てきて、まぁ気休め程度に」
 なるほど。ところでどうでもいいが、その小銭入れ変なにおいがするな。なんのにおいだろ
う? まぁ、気にすることもないか。
 もうやることもないので帰ることになったが、野々宮はここでインタビューをノートにまとめてか
ら帰るという。
 でも帰り道は途中まで同じだし、俺と山岸は玄関で待っている事にした。
 そして玄関で待ち続けて十五分くらいした時、ものすごい形相で野々宮が走ってきて、言った
のだ。
「の、喉が渇いて購買にジュースを買いに行ったの。で、つい小銭入れを会議室に置いていっ
ちゃったの。でも、たったの二、三分くらいしか会議室を空けてなかった。なのに、なのに!」
 大きく息を吸って、叫んだ。
「財布が盗まれたわ!」

 これだけを思い返すと、絶対に盗まれない状況とは言えない。
 たった二、三分の間に盗まれたということは、会議室にいる野々宮を狙っていたのだろう。だ
としたら、野々宮が会議室から出た後、サッと盗めばいい。簡単だ。
 しかし、野々宮が小銭入れを置いていくと予想出来るか? 狙っていたとしたら、俺と山岸が
会議室に残っていた場合を考えなかったか? ていうか、どこで俺達を見ていた? それにな
により、野々宮がジュースを買いにいくと予想できたか?
 盗むことを計画していたとしたら、そいつは超能力者だ。
 では、狙っていなかった場合。つまり、魔がさしてやっちゃいました的なケースはどうだろう。
 時間は五時を少しまわったころだった。練習中のところを、少し時間をかりてインタビューした
のだ。普通の生徒ならほとんど帰っている。
 つまり学校にいたのは、九割が体育会系の部員だろう。この時間まで活動を続けている文科
系の部活はほとんどない。なにより、スポーツに精を出している部員がわざわざ会議室まで来
るだろうか。そして、中に入るだろうか?
 会議室からグラウンドと体育館はかなり遠いのだ。
 色々な可能性は確かに沢山考えられる。しかし、どの可能性も限りなく低く、考えにくい。
 俺はシャーロックホームズではなくごく普通の高校生なので、野々宮を落ち着かせ、励ますこ
としか出来なかった。
 人は何事にも見返りを求める。これあげるから、それちょうだい。こうしてあげるから、あぁし
てね。お金あげるから、用心棒になってね。などなど。
 しかし、仲の良い友達に見返りなんて求めない。
 俺は静かな日常が好きだ。どうでもいいことはしない。自分に関係ないことには関わらない。
しなくてもデメリットがないなら、しない。
 野々宮の財布を捜さなくても、俺にデメリットは何も起きない。だが、なんとかした。
 するかしないかではないのだ。したいか、したくないか。必ず、野々宮の財布を捜し出してや
る。

 翌日の放課後、俺は自分の部室にいた。今日は白井と二人で新聞に使う写真選びである。
 本音を言うと、最初のころはたかが学校新聞と思っていた。だが、時間がたつにつれて愛着
が沸いてきて、写真一つにもこだわりが入ってくる。
 まぁ、新聞部に対する思い入れとかやる気は白井には到底かなわないが。良いのを選ぼうと
思ってはいるけど、正直面倒になってきた。俺もまだまだである。
 白井は背中まで届く長い髪。大きくてクリクリした瞳。リップでてかって薄い唇。大人びた顔立
ちだが、まだまだあどけなさは残っている。笑うと完全に子供である。
 ぼーっと写真ではなく白井を見ていると、急に白井が写真から視線を外し、俺を見つめてき
た。
 そして机に置いてあるポッキーの箱を、手でずいーっとこっちによこして来た。一本食べる。
「ねぇ駿。令ちゃんの話しだけどさ」
 と、髪をバサッとかきあげて言った。
「どう思う?」
「難しいな。一番可能性が高いのは、もちろん学校に残ってた人たち。つまり部活をしていた生
徒だ。で、なおかつインタビューすることを知っていた人物。それは誰だろう? インタビュー相
手の大道先輩だ。その友達も知っていたかもしれない。でも、根拠も証拠もなにもない。これだ
けで疑うのはあまりにもひどい。それに、バスケ部の人に聞いたけど、あの後はずーっと練習
してたらしいし、誰も抜け出したりはしていないらしい。証言を信じると、バスケ部は白だ。あの
日ほかに残っていたのはサッカー部と野球部だけど、グラウンドから会議室は遠いから、わざ
わざ盗むとは考えにくい。それを言うと、バスケ部が使ってる体育館も、会議室から遠い」
 長く喋りすぎて、ちと喉が渇いた。すると、ごくごくと勢いよくポカリを飲んでいた白井は、俺の
唇が乾いてるのに気づいたのか、ポカリを無言で渡してくれた。
 ありがたい。一口飲む。そして白井の顔が少し赤くなっているのは、気のせいである。
「ねぇ、気になるからさ、ちょっと会議室周辺を調べてみない?」
 それは良い提案だ。ちょうど作業も飽きてきたところだし、もちろん俺だって気になっている。
「そうだな。じゃ、行ってみるか」

 新聞部の部室は四階の端っこにある。そして問題の会議室は一階だ。移動がかなりしんど
い。一階に下りて渡り廊下を通るのだが、冬はちょっと冷えるので、なるべくなら通りたくないと
ころだが、通らないとものすごい遠回りになる。
 会議室に着きさっそく部屋の中を隅から隅まで探したが、何も見つからなかった。
 ふと気づくと、会議室の外に女子生徒がいて、廊下をぞうきんで掃除していた。見たことがあ
るぞ。名前は確か……。なんだっけ?
「あ、沙希ちゃんだ」
 そうだ、相川沙希。一年生で、白井と同じ保健委員だ。
 白井はドアを開けて外に出る。手を振りながら「沙希ちゃーん」と呼ぶと、相川は笑顔で会釈
した。
「なんでこんな所掃除してるの?」
「教室で携帯使ってるの先生に見つかって、罰掃除」
「ご愁傷さま」
 携帯見つかっただけで掃除か。生徒はいつも多忙である。
 そしてちょっと気になることがあるので、聞いてみる。
「今日だけか?」
「いえ、昨日と今日ですね。二日も掃除とか、ありえないですよね!」
 そりゃ確かにありえない。
 だが、俺からしてみるとありがたい。昨日も掃除していたとなると、もしかしたら犯人を見てい
るかもしれない。しかし昨日相川は見ていない。
 ということは、全然他のところを掃除していたのだろうか。
 渡り廊下を出た右端に会議室、左端に会議室Uがあるのだ。この渡り廊下の距離は五十メ
ートルくらいだから、いたら気づくはず。だからやっぱり違う所を掃除してたのかな?
「昨日の五時前後、どこらへんを掃除してた?」
 相川はなんでそんなこと聞くの変なせんぱーい。というような顔をしたが、白井がいたためか
すぐに笑顔になり答えてくれた。
「五時前は会議室Uを掃除してました。五時をまわった頃は会議室の前をかるーくぞうきんが
けしてました。先生に会議室Uの掃除と、渡り廊下のぞうきんがけをやれって言われてました
から」
 なるほど。そりゃ部屋の中にいたのなら気づかない。つまり、俺と山岸が出て行ったあとに、
すれ違いで相川は会議室Uから出て行ったのだ。ということは……。
 犯人を見ている可能性は、高い。
「なぁ、会議室を出入りした人を見なかったか? 野々宮以外で」
「そういえば、野々宮先輩は出て行ってましたね。挨拶した時、手に百円玉持ってました」
 相川は天井を見つめだした。その時のことを思い出しているのだろう。
「でも、野々宮先輩以外で会議室に出入りした人はいなかったですね。あ、ていうか野々宮先
輩、会議室に戻ってきた後、ものすごい形相で玄関の方に走ってったんですよ。あれ、どうした
んですかね?」
 俺と白井は苦笑いした。野々宮の行動は一から百まで見ていたのだ。しかし、肝心の犯人は
見ていない。
 しかしどういうことだろう。犯行時間と思われる時間に、誰も出入りしていない。ということは、
外部から入ったのか?
 会議室は、狭い一方通行の道路に面している。もちろん塀があるが。そして塀の内側、つま
り学校の敷地内。ここからぐるりと回りこむと中庭に出る。校舎はコの字で、会議室は縦棒の
真ん中くらいにある。そして中庭がコの真ん中といったところ。縦棒の部分が道路に面している
ので塀がある。
 つまり会議室の外から出入りするとなると、わざわざ中庭から回り込んで、校舎と塀の細い
道を通り窓から入ることになる。窓の鍵がかかっていたかどうかは、覚えていない。もしかした
ら、誰か空気の入れ替えをするために、少し開けていたかもしれない。
 どうでもいいが、道路に面しているというのは、なかなかに厄介だ。車の音がうるさい時もあ
るし、最近なんかいつも同じ野良猫が、塀の上で昼寝してたりする。昼寝するだけなら全く気に
しないが、たまに敷地内に入ってきてしまうのだ。一度、中庭で走り回っているのを見た時は、
さすがに驚いた。
 やはり、可能性の低い考えだ。そこまでして侵入しようと思う奴がいるだろうか……。
「変なこと聞いて悪かったな」
「いえ、別に」
 ふいに沈黙が流れた。き、きまづい。
「……さて、もう帰りましょうか。あ、そうだ駿。学校終わったあと、ちょっと本屋によってこうよ。
欲しい本があるの」
「あぁ、わかった」
 俺達は部室に戻った。

 部室で作業をしていると、野々宮がやってきた。今日は生徒会新聞部の部室で作業をしてい
たはずだ。
 どうやら風邪はほとんど治ったらしく、顔色も良いし元気そうだ。
「どうしたの、令ちゃん」
「やっぱり、はかどらなくて。気分転換にきちゃった」
「そっか……」
 白井はため息を吐いた。無理もない。小銭入れだろうとブランドの財布だろうが、盗みに変わ
りはないのだ。それに、やはり狙った盗みは考えにくい。だが魔がさして盗んだというケースは
絶対に無いと言っていい。会議室にいた相川は出入りした人は野々宮以外見ていないのだ。
魔がさしたからって、外から会議室に侵入して財布を盗むやつなんていないだろうし。
「ねぇ海藤君、あの小銭入れ、ごめんね。私、ちょっとだけ席を外すときって、よく所有物をその
場に置いてっちゃう癖があるの。せっかくプレゼントしてくれたのに」
 その時、白井がえ? という顔をして俺を見た。あぁ、そういえばプレゼントしたの、白井は知
らなかったんだ。
「いや、別にいいよ。そんな高い物じゃないしさ」
「でも私の気がすまないよ」
「じゃあそうだな、今度飲み物でもおごってくれよ」
 野々宮は、少しだけ笑顔になった。
 そして少しの間、野々宮と雑談をしながら作業を続けた。白井はどことなく不機嫌そうな顔を
していたが……。まぁ、すぐに機嫌が悪くなるのはいつものことだ。気にしない。
 しばらくすると山岸が入ってきた。
「今、何枚か試しに印刷してきたんだけどさ、白黒だとやっぱりこの写真はわかりにくいぜ。変
えたほうがいい」
 と言いながら、新聞の人差し指でちょいちょいと突いた。確かにわかりにくい。
「あら、本当ね。やり直しかー」
 と、白井はポカリを一気飲みした。
「ねぇ海藤君。うちの部室に残ってる写真、もう一度選びましょう」
「そうするか」
 俺と野々宮は部室を出た。白井は、ぶすっとした表情で俺を見ていた。

 写真を選びながら、考えた。
 いったい犯人は誰だろう。どんな人なのだろう。全く検討がつかない。なんと言っても、会議室
の前には相川という門番がいたのだ。
 相川が嘘を言っている、ということも考えられる。だが、俺は相川を信じている。白井の後輩
を疑うわけがない。
 なにも俺は探偵でもなんでもないのだ。探偵なら、疑いたくなくても疑わなければならないが、
幸いにも俺はただの高校生である。
「ねぇ海藤君。一つ聞いていい?」
 と、野々宮はリップクリームを塗りながら言った。頷く。
「山岸君と綾ちゃん、今部室で二人きりだけど、いいの?」
「なんで?」
「えー……。だって、他の男子と二人きりでいるのよ? 気にならないの?」
「別に普通だろ」
 野々宮は小さくため息をついた。何が言いたいのだろう? 同じ新聞部員だから当然だろう。
 しかしそれ以上は何も聞いてこなかったので、作業を続けた。しかしだらだらと雑談しながら
やっているので、結構時間がかかってしまう。
 野々宮とは一年の時同じクラスで、二年の今も同じクラスである。白井とも、そうだ。でも野々
宮と急激に親しくなったのはつい最近だ。もともと友達だったが、ここ最近は急激に仲良くなっ
た。
 やはり今回の二つの新聞部で一つの新聞を作る、という作業のおかげで、自然と話す機会
が増えたからだろう。
「あ、そうだ。海藤君、クッキーあげる」
 と言い、ブレザーのポケットからクッキーの入った袋を取り出した。
 頷くと、野々宮は袋を破り俺に差し出す。その時手が触れ合う。
 ふいにドアが開いた。そこには、白井と山岸がいた。
「……何やってんの?」
 俺は普通にクッキーもらってるんだけど? と答えようとしたのだが、野々宮が凄まじいスピ
ードでクッキーを自分の口の中に放り込み、がむしゃらに噛み砕いた。
 白井の唇がふるえている。はて、ここは真冬の海だろうか。それなら唇がふるえてもしょうが
ない。でも白井。確かに今は冬だけど、ここは生徒会新聞部の部室だぞ。
 どうしたんだろう?
「駿のバカッ。嫌いっ。もう帰っちゃえ!」
 白井がキレた。
 さすがに慌てて、反射的に謝っていた。すると白井はもっと怒り、山岸が肩にぶらさげていた
鞄を強引に奪い取ると、なんと俺の顔面めがけて投げてきた。
 バスン! という音がして俺は後ろにのけぞった。
 なんでこんな目にあわなきゃならん。怒鳴ろうとした瞬間、追加攻撃で筆箱が顔面に飛んでき
た。
「あ、綾ちゃん!」
「白井さん! 俺の持ち物は攻撃するためのものじゃないんだよ!」
 そして白井は走り去って言った。バカ野郎。意味がわからない。ていうか、攻撃するんなら自
分のを投げろ。この筆箱もよく見たら山岸のじゃないか。なんで俺がこんな事にならなきゃダメ
なんだ!
 野々宮は俺に駆け寄ってきて、耳元で「大丈夫?」とささやき、顔をさすってくれた。野々宮は
優しい。
 そんな俺達を見ると、山岸は鞄と筆箱を回収して白井を追いかけて行った。
 なぁ白井。今日は帰り本屋に寄るんじゃなかったのか?

 翌日。教室で白井と目が合うと、子供を必要以上にしかりすぎたような親のような顔でこっち
を見てきた。だが、わざとらしく目をそらす。
 俺が何をしたっていうんだ。説明してほしいものだ。
 今日は白井と一緒に部活をする気にはなれないので、昨日に引き続き野々宮と作業をする
ことにする。俺はあまり怒らない性格だが、さすがにいきなり鞄と筆箱を顔面に投げられては、
たまったもんじゃない。それになんたって、野々宮は突然鞄を投げたりしない。
 つまらん授業は不足した睡眠時間にあてて、あっというまに部活の時間になる。
 生徒会新聞部の部室で黙々と作業をする。
 そろそろ完成に近づいてきた。写真は全部選んで新聞に貼り付けたし、あとは下書きをサイ
ンペンで上書きしたり、細かい修正をするだけだ。
 今日はこの部室に俺と野々宮をいれて五人いる。あとの四人は俺の部室にいる。
 ちなみに何故二つの部室を使っているかというと、九人一緒にやるとどうも雑談が盛り上がっ
てしまい作業が遅くなるので、少人数で適度な雑談を楽しみながらやっているというわけだ。
 俺たち高校生ほど、くだらないことで盛り上がれる人間はいない。
 誤字をなおして、さてペン書きである。まずは白井の書いたコラムだ。何気なく読んでみると、
とある一文が目に入った。
 “常識は確かに大切だが、たまには常識外れなことを考えてみるのはどうだろうか。当たり前
のことだけ考えているのはつまらない。
 天才や偉人は変わり者が多いという。とんでもない発想をする。常に常識にとらわれていて
はいけない。常識外れなことや発想の逆転ほど面白いものはない”
 白井らしいというか、なんというか。俺も常識外れな考えをすれば、白井が何故あんなに怒っ
ていたのかわかるのだろうか。
 怒る前兆は多少は感じていた。昨日野々宮と一緒に部室を出るとき、明らかにあいつはぶす
っとした顔で俺を見ていたのだから。
 そうだ、今回の事件だって発想を上手く変えればいいのではないか? 常識にとらわれては
いけない。えーと、そうだな。財布が飛んだ。非常識というか、非現実的だな。財布は無くなっ
ただけ。どこに? なんで二、三分の間に勝手に無くなるんだ? 実は人が盗んだわけではな
い。
 ……そういえば。
 嫌な予感がした。まさか。いや、そんなことは。
 その時、野々宮がスカートのポケットから財布を取り出した。
「忘れてた。海藤君、前借りた二百円返すね」
 俺も完全に忘れてた。そういえば少し前に貸した覚えがある。
 その時、チラッと野々宮の財布に、山岸からもらったというお守りが見えた。
「あれ。なんでそのお守りが? それ、小銭入れの中にあったんじゃなかったっけ?」
「あぁ。海藤君にお守りの説明したとき、小銭入れじゃなくてポケットにいれてたのよ。だから無
事なの」
 そう言うと、野々宮は訝しげな顔をした。
「やっぱり、なんかこの小銭入れくさいわ」
 そういえば。前見せてもらった時、俺も確かに変なにおいに気づいた。あの時野々宮は、風
邪をひいて鼻がつまっていたので気づかなかったのだ。
 お守りを鼻に近づけて、よく匂いをかいでみる。
 そしてすぐにわかった。俺の家にあるものだ。
「これは」
「な、何?
「キャットフードだ」

 お守りを分解すると、案の定小さく刻まれたキャットフードが入っていた。そりゃ匂うはずだ。
 小銭入れを盗んだのは、猫だ。そう、最近たまに学校の敷地内に入ってくるあの猫。中庭を
走り回っていた、あいつだ。
 俺と野々宮は勢いよく部室を出て、急いで玄関に向かった。そしてあの日インタビューをした
会議室の裏に行く。塀と校舎の間の狭い空間に、小銭入れはあった。
「嘘……」
 野々宮は呆然として小銭入れを見つめていた。
 にわかには信じられない。誰もいなくなった隙に、キャットフード入りのお守りのせいで、匂い
がしみついた小銭入れをこの猫が盗んで、ここに持ち出したのか。
 これこそ、一番可能性が低い。だったらあの日学校に残っていた人が盗ったという方が、全
然可能性はあると思う。
 だが、現にここに小銭入れはある。それによく見ると、猫の毛が何本か小銭入れの中に付着
していた。
 匂いをかぐと、まだかすかにキャットフードの匂いがした。

 俺は会議室に山岸を呼んだ。聞くのが一番早い。
「山岸。単刀直入に聞くぞ。お前、あのお守りにキャットフード入れただろ」
 すると山岸は、案外あっさりと白状した。顔色ひとつ変えずに。そして、笑った。
「そうだよ。ぜーんぶお前の考えてるとおりだよ」
 バレたなら、ぐだぐだと嘘や言い訳をしても面倒だしムダだと思ったらしい。
「本当か? お前は野々宮が購買に行くことを予想できたのか?」
「出来るわけないだろ。でも、購買に行かせるように仕向けることは出来る」
「は?」
「あの日、俺沢山くだらないこと聞いて、インタビューを長引かせただろう? 野々宮は風邪ひ
いてるのに、十五分も喋り続けてたんだ。上級生にインタビューしてるんだから、緊張もするだ
ろう。そりゃ喉渇くだろうよ」
 言葉が出なかった。まさか、あれが演技、わざとだったなんて。
 いやしかし、絶対に成功する作戦とは思えない。
「でも、猫が絶対に小銭入れを盗むとは限らない」
「鈍いな。盗むようにすればいいんだよ。俺はたまに自分の小銭入れにキャットフードを入れ
て、それをあの猫に見せていた。こういう入れ物にはキャットフードが入ってるんだと思わせる
んだ。なるべく野々宮の持ってるのに似た小銭入れを使った。似た小銭入れを探すのはちょっ
と骨が折れたな。まぁ、キャットフード入りのお守りを渡したのは、念のためだよ。お守りを小銭
入れにいれない可能性だってあるしな。でも匂いがした方が、盗んでくれる可能性が高いだ
ろ? あと、もちろん野々宮が少しだけ席を空ける時、つい財布とか携帯をその場に置いてっ
ちゃう癖があるのも知ってたよ。二年も部活一緒にやってるんだ。それくらいの癖は知ってる」
 呆然とした。そこまでやるなんて。
 山岸の目的が俺にはわからない。人の感情ばかりは、どんなに頭の良い人でもわからない。
発想を変えようが、非常識なことを考えようとも、絶対にわかるはずがない。
「なんでそこまでするんだ?」
 山岸は始めて嫌そうな顔をして、言った。
「白井が好きなんだ。でも、告白するには海藤駿という人間があまりにも大きすぎる。幼馴染で
家は隣。そんな漫画みたいな関係の男子が側にいたら、こっちはなにもできないよ。だからな
んとか引き離そうとした。最近お前と野々宮仲良かったから、お前と野々宮をくっつけて、そこ
で俺は白井に近づこうとしたんだ。だから、今回お互い協力して新聞を作ることを生徒会新聞
部に提案した。そしたらみんな賛成してくれたよ。それでどうだ、本当にお前達喧嘩してんの。
ここまで上手くいくとは思わなかったな」
 気づくと俺は、山岸を殴り飛ばしていた。
「悪いな山岸。白井との喧嘩はいつものことなんだ。俺がムキになっちゃうのもな。一ヶ月に一
回はあぁいう喧嘩をするんだ。それに、あと一日か二日もすればあいつの機嫌は治る。機嫌が
治ったら、どうして怒ったか理由を聞くつもりだ。それにな、そんなくだらない事をしたからって、
十七年間ずっと一緒にいた俺達が仲悪くなると思うか?」
 最後に一言、付け加えた。

「今回の新聞製作、賑やかで楽しいよ」


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