四人だけの卒業制作

 


 私の顔面スレスレを、紙くずが横切っていった。
 まったく。荒っぽいクラスだ。
「ちょっとアンタたち! 話聞きなさいよ!」
 私は教卓を蹴飛ばしてそう怒鳴ったけど、皆ブーイングの嵐。ちきしょう。なんたってこんなクラスに。いやこんな学校に入ったんだ!
 溜息を一つ。今日のロングホームルームで、私は卒業制作をすることを提案するために、教卓の前に立っている。しかし、みなさんそれがかなりご不
満のようで、めんどくさいとか、香蓮高校にそんな爽やかなの似合わないとかぶーたれている。
 あぁもう。なにが香蓮に爽やかなの似合わないよ。もう三年生の三学期始まったんだよ。今爽やかなことしないでいつするの。それに、似合わない? 
高校に似合うも似合わないもクソもないっての! やるかやらないか。それで決まるんだ。やれば何か嬉しい事はあれど、やらなければ虚無感が漂うだ
けだ。
「お前ら聞け! 聞けったら聞け! 学校祭の時頑張ったじゃん。やろうよ卒業制作!」
 私がそう言うと、加藤梨花が机を蹴飛ばした。こいつは香蓮一の不良女。今紙くずを投げたのもこいつ。
「アンタさぁ、友達多いからってでしゃばんなよ。そんな事しても意味ないよ。つーかこの学校に卒業制作なんて行事無いっての」
「何もしない方が意味無いよ。それにね、学校であるか無いかなんて関係ないの。なんでもかんでも、やる事に意味があるってもんよ」
 私は強気に言ったけど、クラスの半分が嫌そうな顔をして、私の仲良い子たちもどこか困惑した顔をしている。
 チラリと、笠原夏海の顔を見た。夏海とは幼稚園からの親友で、気がとても合う子。ここまで気が合うのが不思議でならないってほど、気が合う。夏海
は頼りになるし、頭も良い。いまだにこんな札幌一バカな高校にいるのがもったいないと思う。
 夏海は腕と足を組んで真剣な顔で私を見返した。長いサラサラの黒髪に、少しキツイ目は鋭い眼差しをしている。唇は薄く、顔のパーツはどれも綺麗
で、凄く清楚な顔。でもその清楚な顔立ちの中で、鋭い目だけが夏海の物静かなイメージを消している。
 美人で凄く大人で人一倍強い所もあるけど、凄く子供で繊細な所もあり、ふわふわしてる。
 私はそんな夏海を、いつも頼りにしている。普段は本当に冷静で、強いんだ。夏海なら、いつも助けてくれる。でもその甘えはそろそろヤバイとも思って
る。
 夏海は立ち上がると、緊張を隠すように大きな声で言った。
「可奈子はね、卒業制作をやろうって言ってるけど、強制とは言ってないだろ。ハナからアンタみたいな無気力なやつなんか相手にしてないっての。だか
らいちいち出てくんな。お前、眼中に無いんだよ」
 場が凍りづいた。あぁ、ダメだ。夏海と梨花は犬猿の仲なのである。さすがに教室の端っこでダルそうに座っていた担任も、目を鋭くさせて夏海と梨花を
じっと見た。
 梨花は、小動物を狩るようなメスライオンばりの目つきで夏海を睨む。ってそこまで言ったら失礼だけど、本当にそれくらいの凄みがある。一方、夏海も
睨み返してるけど、私は唇が少し震えているのを見逃さなかった。
 ヤバイなぁ。梨花は人の靴に生卵入れるような女だ。
「笠原さぁ、すーぐに佐伯をかばってさぁ。アンタら、ちょっと気持ち悪いくらい仲良いよね。正直キモイ」
 そう言うと、突然梨花が真正面にずっこけた。
 その梨花の後ろには、腕を組んで不気味な笑いを浮かべている千瀬奈々がいた。この子は死ぬほど可愛い女の子。大和撫子のような風貌、リスみた
いなクリクリした瞳。短いスカートから出る太ももも腕も顔も白く、弱々しい。
 でも、実際はこうやって人を蹴飛ばすような強気なたくましい女の子である。
「おいっ! 千瀬!」
 梨花は奈々に飛び掛ろうとしたけど、そこは残念。担任の川橋がすぐに梨花を羽交い絞めにした。男子はやっちまえだのアホみたいに騒ぎ、女子は呆
れた顔で梨花と奈々を見、一部の子はキャアキャア悲鳴を上げている。
 なんだってこのクラスはこんなに血の気が盛んなんだ。香蓮高校は元女子高で、共学になってからまだ十五年ほど。だから女子の方が多いんだけど、
ガラの悪さも頭の悪さも、札幌では郡を抜いている。あと、部活の強さは北海道でも郡を抜いてたりする。
 担任はクラス中を見渡すと、耳に響くような大きい声で言った。
「この話はとりあえずこれで終わりだ。あとは可奈子、お前好きにやっとけ。先生は知らん」
 ちょうど、チャイムが鳴った。残り少ない高校生活。こんなんでいいのか。梨花、アンタはそのまま突っ張ったままでいいのか?

 私らは放課後、近所のコロポックル・コタンという喫茶店に集まっていた。
 夏海と、奈々と、愛敬りこ。
 夏海は幼稚園からだし、奈々は中学からの仲。りこが唯一高校で知り合った親友と呼べる女の子。身長は百四十五センチくらいで、顔は超童顔。小学
生にしか見えないので、りこはたまにバスを小学生料金で通している。これまでは意地でも大人料金を払っていたらしいけど、私らにチビと散々バカにさ
れているうちに、プライドは捨てたらしい。
 私はカフェオレ。夏海はブラックコーヒー。奈々はアイスコーヒー。りこはオレンジジュースといちごタルト。
 この喫茶店は木造で、木も椅子もぜーんぶ木。店の真ん中にはドーナッツ状のカウンターがある。でも私らは、いつも左奥の席に陣取る。隅っこが落ち
着くお年頃なの。
 夏海はコーヒーを一気飲みすると、おおげさに溜息をつき、髪の毛をかきむしりながら足を組み替えた。
「梨花の奴。マジでムカつくっ。なんであんなに突っかかってくるのよ。卒業制作なんて良いこと可奈子が提案したのに。あいつはなんでもかんでも反対す
る民主党の議員かよ」
「落ち着きなさいよ。ほら、旦那。私のあまーいカフェオレでも……」
「バカ! ていうかどうすんの。卒業制作、このままじゃ私ら四人だけだよ。私たちは山奥の寂れた全校生徒数十人しかいないような学校の生徒じゃない
んだよ?」
 随分とお怒りだ。りこはいちごタルトをおいしそうにぱくぱくと食べている。奈々はりこのほっぺについたタルトのカスを人差し指ですくって舐めると、溜息
混じりに言った。
「ま、四人でもいいんじゃない? 物事に積極的に参加するようなフレッシュなパワー持った奴らいないよ、香蓮なんかに」
 奈々がそう言うと、りこは頷いて言った。
「そうそう。期待しちゃダメだよ。ねぇなっちゃん、私は期待することなんてとっくのとうに諦めたよ。人間、やりたい事しかやらないよ。やりたいと思ってる
人もいるかもしれないけど、クラスのほとんどの人が反対しちゃったら、おおっぴらに賛成出来ないよ。教室ってそういうもんじゃない?」
 りこはどうも冷めている。いや、私ら全員結構冷めちゃってるけど、りこは特に冷めてる。昔グレてたり色々なことがあったらしいけど、いつどういったこ
とを諦め、そして日々色々なものを切ってきたのだろう。
 でもねりこ、それって悲しいよ。不安な事とか色々あるけど、諦め続けてたら、不安な事さえ無くなるよ。不安と戦い続けるのが人生の醍醐味だと、私は
たまに思う。
 夏海はりこのタルトを、手づかみでぶんどり口に放り込んだ。よっぽど梨花に腹を立てている。
 私は、涼しい顔でコーヒーを飲んでいる奈々に言った。
「ねぇ奈々。一応聞くけど、なんで梨花蹴ったの」
「んー。ま、友達が攻められてりゃ、とりあえず援護でしょ。丁度私の真横にいたし」
「それで大喧嘩になったらどうすんのよ」
「梨花強いけど、四人なら勝てるんじゃね? って思ってた」と、透き通る綺麗な声で言った。なんで可愛い子って、声も綺麗なんだろう。
「もういいわ。じゃ、とりあえず四人でやろうか。もともと、私らでやろうって勝手に決めたんだし。多い方が良かったけど、しょうがないね」
 そう、もともとは私らで決めた。いや私が考えた。
 私らはこの高校三年間、何をしてたんだろうか。ずっと目をキツくして、なにかに敵意を感じて、ひたすらに不満をたれていただけじゃないか。そしてそ
の不満の数々を、教師にぶち当てていたふしはある。
 確かに、私に信じられないような暴言を言った奴はいる。髪の毛を無理やり切ったバカ野郎もいる。でも一度一人の教師に憎しみを覚えたが最後、全
ての教師が嫌になる。そして不満が増すと、なんでもかんでも教師の悪口を吐く。
 香蓮は郡を抜いて変な先生、暴言を言う先生がいるから余計に教師に敵意を抱く。私はその負の感情から抜け出せず、ただ悶々としてた。でもね、そ
れで終わるの嫌なんだよ。
 このまま卒業なんて、嫌じゃない。香蓮の生徒はみんな行事や他人に無関心? いいじゃない。卒業制作やろうよと言うだけでもいいじゃない。皆はや
らなくても、ただ佐伯可奈子という人間が、卒業制作をやりたがっていた事だけ覚えててくれれば、もうそれでいい。そしていつかやっとけば良かったと後
悔すればいいじゃん。
「で、卒業制作って何するの?」と、夏海がリップを唇に塗りながら言った。
「……彫刻?」
「バカ」と、小さい声で言った。
 やっばい。何も考えてなかった。ど、どうしよう。何しよう? つーか卒業制作って何やるの?
「じゃ、じゃあ皆さんにアンケート取りましょう! はいりこ!」
「え、私? そうだなぁ……。ろ、論文?」
「却下。次、奈々!」
「私らでヴィトンを越すブランドでも作る?」
「帰れ! 夏海は?」
「ねぇ、いつかはヴィトンを吸収合併して……」
 私は奈々の口にりこのタルトを押し込んで黙らせた。
「卒業制作ったら、絵じゃない?」
「決定! 絵だよ絵。よっしじゃあ絵書こう。ねぇ、みんな絵うまい?」
 沈黙が流れた。奈々はまた涼しい顔でそっぽを向きながらコーヒーを飲み、りこは黙ってタルトをもぐもぐ食べ、夏海は珍しく焦った表情をしている。
 こういう時、運動神経抜群成績優秀の夏海が頼りになるんだけど、夏海は絵だけはダメ。
 つまり、絵心皆無の私ら四人で絵を描くわけだ。
 不安な気持ちになった時、奈々がニコっと笑っていった。
「やる事に意味があるんでしょ? じゃ、思いっきり下手くそな絵描こうよ」
 持つべきものは友だよ、ほんと。

 翌日の放課後、私らは教室にいた。
 三学期なんて十四回しか学校にこない。この匂いも、だっさい木の椅子も机も、汚い黒板も床も、もう見ることは無い。
 学校の教室って、小中高と大して変わらないのよね。つまり、私は十二年間この教室というものに通っていたわけだけど、ついにそれが終わる。そして
終わるということは、私は完全に子供じゃいられなくなるということ。私は専門学校に行くけど、専門と大学となればもう一味も二味も違う。本当の意味で
の学校は高校で終わる。専門なんかいわば職業訓練の場所だし、大学はまぁ確かに青春ライフではあるけど、大学はもう完全に大人の域に達する。
 高校での生活が、ついに終わりを迎えようとしている。チョークで落書きもしたし、授業中は枕と化した鞄。学校祭でやったダーツのせいで無残なほどに
穴が開きまくった窓際の掲示板と壁。
 あぁ、もう見れないな。本当に学校生活終わるんだ。私の行く専門学校は十一階立ての立派なビル。もうその時点で学校なんて言葉似合わない。
 急に悲しくなってきた。早く大人になりたかったはずなのに。こんなに学校が嫌いで面倒だったのに、なんか凄く不安になってきた。
 夏海は窓から外をぼーっと見てるし、奈々はりこの髪の毛をいじって遊んでる。
「よし。じゃあみんな、そろそろ描こうか」
 私は机を四個くっつけて、その上に大きな画用紙を置いた。夏海は絵の具セットを置く。
「……このきったない絵の具はどこから持ってきたの」
「ゴミステーションで拾った」
「は?」
「冗談。私の小学校時代の」
「アンタが言うと冗談に聞こえない」
 私は絵の具セットを開け、とりあえず絵の具をチェックする。
「赤と緑はたくさんあるね」
 パレットを開けて、キツイ匂いに顔をしかめていると、奈々が「うわっ」と叫んだ。
「ちょっと夏海。黒と白と青ないよ。これじゃ書けない!」
「あー。ごめん、確認してなかった」
 落胆していると、りこがいちごオレをゴクゴクと飲みながら言った。
「美術室でやればいいんじゃない?」
 いやいや、お恥ずかしい。美術室なんて行った事ないからさ。
 私たちはゾロゾロと美術室へ向かった。確か一階旧校舎の隅っこにあったはず。
 旧校舎は木造でボロい所の話じゃない。それに隅の方は不気味。夜なんて絶対あんなオンボロ校舎歩けない。でも、一度その美術室で何かをするっ
てのも良いなとも思った。
 一階へ降り、寒くて死にそうになる渡り廊下を渡る。良いお天気だけど、暖かくなるわけじゃない。旧校舎はとても寒く、この教室で絵を描くのはちょっと
憂鬱だけど、我慢。
 旧校舎の隅っこに行き、美術室に入る。とても狭く、昨日行ったコロポックル・コタンのように、まさに木! って感じ。全てが木で鉄なんか見当たらな
い。
 私たちは準備室から絵の具を持ってきて、汚い木の椅子に座って四人向かいあった。
「じゃ、さっそくだけど何を描く?」
 そう聞くと、奈々が「やっぱ風景画とか定番なんじゃない?」と提案すると、夏海も奈々に賛成した。
「私も奈々の言うとおり風景で良いと思うけど」
「じゃあ風景でいっか。で、なんの風景?」
 みんなうーんと黙り込む。そして、三人で夏海を見る。とにかく悩んだ時は夏海。みんなそう思ってる。
 でもこれからはみんな違う道を歩んでいくのだから、夏海に頼ってばかりじゃダメなんだ。でも甘えてしまう。
「札幌の絵とか」
 と、夏海はボソリと言った。
「なーるほど。札幌と言えば……。ラーメン?」
「それは風景?」と、りこが言った。
「じゃありこ。なんかある?」
「札幌と言えばテレビ塔じゃない? あと本州の人たちからすれば時計塔」
 りこがそう言うと、夏海がふっと笑った。
「あの時計塔のどこが観光名所なんだろうね。よく韓国人だが中国人だが台湾人だかが時計塔に群がって騒いでるけどさ、あれはわかんないねぇ」
 確かにそうなんだよね。私たちからすれば時計塔なんて見向きもしない。札幌駅に行く途中に通るけど、時計塔なんか見ない。むしろ近くにある味の時
計台の方が目立つんじゃないか。
 私らから札幌を紹介しろと言われれば、札幌駅にススキノに食べ物。でもそれは地元の人間の個人的な意見だよね。じゃあ、地元の人でも道外の人で
も外国の人が見ても、これが札幌か! と思うような風景とはなんだろうか。
 考え込んでいると、奈々が言った。
「別にカッコつけないでさぁ。そもそも卒業制作でしょ。卒業だよそーつーぎょーう。だから学校と関係ある絵にしないと意味無いって。だからもう校舎でい
いじゃん。ほら、ちょうど風景を描くとなると、校舎のバックに参角山が描けるでしょ。校舎の後ろに山でも書けば、らしくなるって」
 香蓮高校は街の中心地から少し離れた所にある。駅前の通りには店がズラリと並んでいて、札幌でもススキノの次に大きい街とも言われる。で、駅か
ら二十分ほど歩いた所にある住宅地に香蓮高校があり、そこから更に十分ほど歩けば小さい参角山がある。なんで参角山って言うかって? アホらしい
ほどに山が三角だから。
「じゃ、遠近法を使って、手前に街の様子でも書いちゃえばいいんじゃない?」と、りこ。
「だったら画用紙一枚でやったらかなりごちゃごちゃになるから、二枚か三枚使うことになるね」と、夏海が言った。
「いいじゃん。卒業制作だからどでかくやろうよ」
「可奈ちゃんの言うとおりだよ、なっちゃん。ほら、とにかく描こう。私は山」
 簡単な所行ったなぁ。
「じゃあ私、校舎。夏海は街でよろしく」
「いいけど……。奈々は?」
「私は空でも描くよ」
 なんだか不安なスタートだけど、私らはとりあえず描きはじめた。
 下手でもいいよね。だってもう少しで卒業なんだもん。
 でも、私たちは一人ひとり、いろんな問題を抱えている。とても個人的な、ね。そっちの問題も解決していかなきゃならない。

 りこパート

 卒業制作が始まって三日が経った。四人とも、もう笑うしかないほど絵が下手くそ。でも、楽しんでやってるからそれでいいと思う。
 私は香蓮高校で、可奈ちゃん達の中に居場所を見つけたんだ。私はずっと可奈ちゃんとなっちゃんと奈々ちゃんと一緒にいたい。だってあの子たち以
外に私の居場所はどこにも無いから。
 小学校時代はあんまり覚えてないけど、普通にやってたと思う。小学校からの友達も、何人かはいる。でも中学はダメ。あの三年の間、親が離婚したり
色々あって完全にグレてたんだもん。
 でもグレきれてなかったな。ただ一人でわがまま言ってすねてただけで、悪い感じの子達とつるんでもそんなに楽しくなかった。ただ、すすめられて吸っ
たタバコが、今ではすっかり止められなくなっただけ。
 中学時代は、良い思い出ないな。楽しく話せる人は何人かいたけど、でもどこか違う。楽しく話してる感じはしたけど、どこかふわふわ浮いてる感じがし
た。
 逆に、可奈ちゃんたち三人は、小中時代が最高に楽しくて、逆に高校は既に黒歴史なんて言ってる。唯一の救いは、私達四人でつるめたことなんだっ
てさ。つまり、可奈ちゃんたちは小中で完全なる居場所を既に見つけて、高校では小さい枠での居場所にとどまっていて、どこか満足しきれてない。だか
ら私は不安になる。私よりも昔を取るんじゃないか。それに可奈ちゃんは凄く友達が多い。
 私だけ中学違うし、私だけ一番の居場所が高校。心配になるよ。私、あの子たちから見捨てられたらどうしよう。でもそれは無いと思うんだ。だって本当
に仲が良いと自分でも思う。あからさまにチビをバカにしてくるのはあの子たちだけだし。
 ぼーっとパソコンで夜を過ごしていたら、携帯の着信音が鳴った。誰だろ誰だろ? 奈々ちゃんかなぁ?
 画面を見ると、知らない電話番号だった。だ、誰!? 怖いけど、好奇心には勝てないよ。
「はい、愛敬ですけど」
「あーりっこちゃん? 私だよ。香苗だよ」
「香苗……。あぁ、新居嶋香苗ちゃん?」
「ピンポーン! ね、今度十八軒中で同窓会やるんだよね。りっこも来るっしょ?」
 中学の同窓会? いやいや、そんなの怖すぎるよ。だって、自分の中学時代なんか想像もしたくない。私は今、高校で可奈ちゃん達の中で居場所を見
つけたんだ。いまさら、中学なんて。
 でも、ハッキリと行かないとは言えない。会ってみたい気もする。でも、怖い。踏ん切りがつかない。ていうか、私なんかが行っても皆しらけるんじゃない
かな。え、あいつ何来ちゃってんのみたいな感じで。
 でも今行けば、何かが変わってるかもしれない。
「りっこ聞いてる? 今週の土曜だから。ま、行く気になったら電話して。じゃ!」
 電話が切れた。どことなく、むなしい。
 私はどうすればいいの。いやどうしたいんだろう。
 そうだ。明日奈々ちゃんに相談しよう。
 翌日、私は放課後奈々ちゃんを家に呼んだ。
 奈々ちゃんはだらしなく座って、タバコを口に咥えてゲームをしている。あーあ、せっかくセーラーがそんなに似合うのに、そんな格好!
「ねぇりこー。この敵倒せないよー。製作者、もっと簡単に作ってよねぇ」
「その敵は火に弱いから、ファイガ連発すれば簡単だよ」
「あ、なーるほど。で、話ってなによ」
 奈々ちゃんは敵を倒すと、ゲーム機の電源を切り、タバコを灰皿でもみ消して、こたつにもそもそとはいった。
「あのね、同窓会があるの」
「行けば?」
「いやでも。中学時代ってあんまり良い思い出なくて」
「じゃ、止めれば?」
「行くか行かないかで悩んでるんだもん……」
 奈々ちゃんはまたタバコに火をつけると、もみあげをいじりながら言った。
「具体的に、なんで行きたくないの?」
「だから、私中学時代、その、なんか変だったし。あんまりあそこは居場所って感じしないんだ」
「いいじゃん。行ってみなさいよ。なんでもね、やらなければ何も起きないけど、やれば何かしらあるわよ。ね、勇気出しなさいよ。ちっちゃくても気持ちは
大きくね」
「ち、ちっちゃいちっちゃいうるさいなぁ。奈々ちゃんだって小さい方じゃん」
「アンタの小ささは問題よ」
「うるさいっ。胸は私の方が大きいもんね」
「なっ……。う、うるさいうるさい。チビのくせに胸だけ大きくてもアンバランスじゃん!」
「ひどいっ」
「ま、とにかく。悩んでるって事は、少なからず行ってみたいと思ってるんだから。後はアンタの踏ん切りね。りこが卑屈になってたら、なんも変わらない
よ。りこは変わったと思うし、りこが変わってればみんなも変わるよ。ね?」
 私は今の奈々ちゃんの言葉で、踏ん切りがついた気がする。
 行ってみるかな。
 別に、人にいちいち話すような事じゃない事はわかってる。でも、私はいつも自分に負けそうになる。行きたいのに、自分の弱い気持ちが全てを支配し
て、弱気にさせる。
 いつからこんなに弱くなったんだろう。昔は、もう少し図太くて、物事をほいほい決めていたのに。
 でも、別に弱くてもいいじゃないとも思うんだ。だって、弱くてもこうやって相談に乗ってくれる友達がいて、今が一番楽しいんだから。
 そして今が一番楽しいのなら、昔の知り合いとも楽しくやればいいじゃない。楽しく出来るはずだよ。私が変わっていれば、皆だって変わってるよ。そう
だよね。
「奈々ちゃんありがとね」
「いや、私特に何も言ってないけど」
 と、奈々ちゃんは照れながら言った。
 奈々ちゃんって、いつも涼しい顔してて、友達が困ってても心配する素振りを見せない。でも、人一倍心の中で他人を心配している。深く付き合ってみな
いとわからないけど、とても心を込めて言ってるんだけど、恥ずかしいからわざとそっけなく言ってるだけ。
 それに、人が悩んでるとき一番に気づくのは奈々ちゃん。これほどまでに優しい子、あんまり見たこと無い。でも、恥ずかしがって、その優しさをおおっ
ぴらに見せない。
 だから、奈々ちゃんは冷たい人だと思ってる人が多い。私はそれが悔しいんだ。奈々ちゃんは優しくないと思ってる人に言ってやりたい。いいでしょ、私
にはこんな優しい友達がいるんだよって。
「とにかくありがとね」
 奈々ちゃんはじーっと私を見つめると、小鳥のように首を傾げた。
「うーん。ていうかりこってさ、ただ行けばいいんじゃないっていう一言が欲しかっただけじゃない。自分の中で行きたい行きたくないが一票ずつで戦って
て、だから他人に行けば? って言ってもらって、二対一で行く! みたいな。相談ならいつでも乗るけど、それくらいの事は自分で決めな」
 わかってる。頼ってばかりじゃダメって事もわかってる。甘い事を言うようだけど、でも今はまだそれでもいいかなって思う。人は人に頼らないと生きてけ
ない。でも、こういう事をきっかけに、自分一人でもしっかりと地面に立っていれるようになるんじゃないかな。
 今はまだ甘えてるけど、弱くても甘える事だけはしないような人になりたいな。でもごめんね奈々ちゃん。まだちょっと時間はかかるかもしれない。
 
 そして土曜日の昼。私と奈々ちゃんは美術室にいた。
「ねぇりこー。別に休みの日にやらなくてもいいじゃーん。そこまで手のかかる絵じゃないでしょー」
「ダーメ。気分の良い時、この日にどうしても描いておきたいの」
「なんだよそれー」
「やる気出してよ。ねぇ、そうだ。賭けない?」
「賭け?」
「今、私はグラウンドを描いてるよね。この日にグラウンドを描いたことを私が大人になっても覚えてるか、覚えてないか。覚えてたら私の勝ち。あ、勝って
も負けても、奢りとかなーんにも無いからね」
「いいね、それ。じゃありこ、裏に今日グラウンドを描いた事、メモしておきな。二人とも忘れてる可能性もあるしね!」」
 私は裏に、今日の日付を書き、その隣に「今日この日に、グラウンドの風景を」と書いておいた。
 いつ、この絵を見るかはわからない。大人と言っても、まだ若いと言える二十五歳かもしれない。中年かもしれない。おばあさんの時かもしれない。で
も、いつ見ても私と奈々ちゃんは、この絵と私の目印を見て笑うだろう。
 なんだかそれを思うとワクワクする。大人になった時、高校生のころの絵と字を見る。それって、なんか良いよね。
 さて。そろそろ行かないと、同窓会に遅れる。
「付き合ってもらってごめんね。私、もう行かなきゃ」
「うん。じゃ、解散ね」
 私達はグラウンドを半分まで描いたところで、美術室を後にした。
 期待と不安を抱きながら、私は同窓会が行われるレストランへ行った。

 奈々パート

 月曜日。今日も放課後、美術室で絵を描いている。
 りこは土曜日の同窓会を楽しめたらしく、上機嫌。笑顔でグラウンドを丁寧に描いている。良かったね、りこ。
 私は性格悪いけど、友達だけは絶対に大事にするんだ。昔の友達も今の友達も同じ。それはずっと守っていかなきゃダメな気持ちだと思う。でも、りこ
はどうも過去をあっさりと切る所がある。大事な友達ならずっと一緒だけど、浅い関係の人には強い執着心を見せない。
 それって凄く悲しい事だと思った。でも、絶対に行った方がいいよ! って強くすすめると、りこは更に悩んだと思う。だから、私は強く言わずに、多くを
語らないながらも、行った方が良いに決まってるということを伝えた。
 それがちゃんと伝わったみたいでなにより。
 でも私はどうだろう。よく、一生もんの友達は高校で出会うって言うけど、りこ以外に高校で知り合った友達は、どこか物足りない。いや、一緒に遊んで
て楽しいんだけど、小さい頃の友達といた方が全然楽しい。
 何故だろうと考えるまでもない。それは小中に出会った人たちの個性があまりに強すぎたの、話が面白い。心の底から気の合う人が沢山いた。でも高
校に入ってみると、なんか普通っていうか、ちょっと地味っていうか? 私には合わなかった。
 それに加えて理不尽な先生も多かったし、私の高校に対する不満はとてつもないものだ。でも、香蓮に入ったから今の四人とつるめてるんだから、やっ
ぱり香蓮で良かったのかな。
「おい奈々。人間はいらないよ」
 と、夏海は私が書いていた人間の下書きを、シャーペンでとんとんと叩いた。
「生活観あるかなぁって」
「そりゃそうだけど、それあんまり人に見えない。謎の生命体?」
「ち、違うよ! ねぇりこ、これ人に見えるよね?」
「見えるけど、さすがにそのクオリティはアウトだよ」
「マジ? か、可奈子はどう思う?」
「消せ」
 私もそうだけど、この子達はハッキリと言いたい事を言う。でも別に傷つかない。それだけのことを気楽に言い合える仲だし、なんでもズバズバ言うから
上っ面な関係とは無縁。
 今って、上っ面の関係をしている人たちが多すぎる。確かに上っ面や愛想笑いは生きる上で必要だけど、そういうの無しに付き合える友達が真の友達
ってもんでしょ。
 りこは小さい手で一生懸命にシャーペンを動かしている。可奈子は絵の具で木を塗っている。
 人がダメなら、何を描こうかなと考えていると、夏海がニヤリと笑って言った。
「奈々さぁ、人が恋しいの?」
「は?」
「別に今の人間の絵見たからってわけじゃないけどさ。最近、好きな男全然いなーいって愚痴ってなかった?」
「だ、だからって恋しいわけじゃ……」
 夏海はワイシャツの第二ボタンを外し、袖をまくりあげながら「へー」と呟いた。
 そして真剣に木を塗っていた可奈子は筆を机に置くと、夏海の肩を小突いた。
「ねぇ聞いて笠原さん。千瀬さんったら、なんと半年も彼氏無しなのよ!」
「あら! あの千瀬さんが? イケメンといつも付き合ってたのに……。どうしたのかしらね、奥さん」
「きっともう、物足りなくなったのよ。次のターゲットは誰かしらっ」
 もう。どうしてそんな冗談を言いながらも的を得たこと言うんだろう。
 高校の人間は確かに物足りない。友達も、そして恋人も。
 そう思い込んでふさぎ込んでるというのも、確かにある。でも、やっぱり高校は全てにおいてどこか物足りなかった。私立の宿命かもしれないけど、やっ
ぱり団結力とかノリとかはあまり無かったと思う。頭の良い有名な私立はまた別かもしれないけど。
 とにかく、納得出来ない三年間ではあった。恋人だって、適当に何人かと付き合ってみたけど、心の底から好きと思える人はいなかった。ただ好奇心と
カッコつけで付き合ってただけかな。楽しいと言えば楽しかったけど、友達といる方が全然良いよ。
 本当に付き合いたい人とは付き合えなかった。つーか告白すらしてない。
 でもね、いいんだ。だって心の底から好きな人にふられたら、もう死にそうになるもん。それにどうせ一生付き合って結婚まで行くなんて無理。いつかは
別れが来る。そして嫌われる。別れて嫌われるくらいなら、頭の隅に千瀬奈々という女の存在を置いてくれるだけでいい。
「別にターゲットなんかいないよ。それに私は一生独身で行く」
「聞いた笠原さんとこの奥さん!」
 と、可奈子は甲高い声で言った。それに夏海も答える。
「聞いたわよ佐伯さん。千瀬さん、モテるのにもったいないわぁ。ねぇ? 愛敬さん」
「でも奥さん。奈々ちゃんは好きな人いるんだよ」
 私は空っぽのペットボトルでりこの頭をスパーンと叩いた。大げさに悲鳴をあげるりこの首をホールドしてギリギリしめる。
「苦しい苦しい! ギブギブ!」
 りこは手足をジタバタさせて机を叩きまくる。バン、バンと机はやかましく音を鳴らし、可奈子と夏海は爆笑して私とりこを見ている。りこの悲鳴と机の音
で騒がしくなった美術室は、楽しくもありながらもうこんな事は出来ないという寂しさも感じさせる。
 セコンドの可奈子が、手拭用の白タオルを放り投げて、私はりこの首をしめるのを止めた。
「ねぇ奈々! 好きな人誰? 誰だれ?」と、可奈子が顔面を極限まで近づけて言った。後三センチ顔を前に動かしたらキスしてしまう。
「教えないし」
「誰よっ。教えてくれないとこのままキスするよ」
「い、いいじゃん。誰でも」
「なんで言えないのー。も、もしかして私……?」
「違うわっ」
 い、言えないよ。本当に好きな人だからこそ、言えない。これだけは心に隠しておきたい。
 りこには、つい口が滑ってバレちゃったけどさ、本当に好きなんだよ。これは私の心にしまっておくんだ。一生もんの記憶なんだ。絶対誰にも汚されたく
ない。こんなに人を好きになるのなんて、一生ないかもしれない。
 でも、私がどんなに好きで好きでしょうがなくても、相手は私なんかに見向きもしなかった。友達ではあったけど、脈無し。それに相手は彼女もいる。
 儚い。そうだ儚いんだ。淡くて儚くて、とても綺麗で汚される事は絶対に許されない気持ち。これがどんなに心を痛めても、どうしようもない。だってあの
人はその彼女と付き合って五年だよ。そんなカップルの間に割って入れるわけないよ。
 どんなに悔しくても悔しくても、何故だかその彼女に対して憎しみとか苛立ちを感じたことはほとんどない。どうしてだか自分でもわからない。普通なら、
彼女に対して逆恨みするはずなのに。
 なんでかなー。ほんとにわかんない。それはただ自分が完全に敗北してるから納得してるだけなのか、諦めてるからなのか、むしろ彼女に逆恨みする
事が一番悔しい事であるのかもしれない。
 好きな男の彼女を憎まないことが、私の女としてのプライドだ。
「私に教えてよ。勇気を出して。ね?」
 と、可奈子はお姉さんのような口調で言う。童顔で、小学生みたいな無邪気な目してるくせに。今からかわれてるのに、何故だか可奈子を可愛いなぁと
思っている自分がいる。
「べっつにー。誰でもいいじゃん」
「じゃあさ。告白はしたの?」
「してないよ」
「どうしてー。告白だけでもすればいいじゃない」
「え……。なんで? どうせ告白してもムダだもん。相手は五年付き合ってる彼女いるんだよ。私、ムダは嫌い」
 私がそう言うと、夏海が細い太ももをポリポリと人差し指で掻きながら言った。
「告白ってさ、一番大事なのは気持ちを伝える事でしょ。相手に恋人がいても、好きで好きでしょうがなかったら、気持ちだけでも伝えてもいいんじゃな
い。それってさ、凄く大事じゃない?」
「それはまぁ、そうだけど……。相手からしたら迷惑じゃない?」
「人によってはそうかもしれないけど、告白されて嫌な奴はあんまりいないでしょ。告白すれば、相手は千瀬奈々じゃなくて、高校生の時自分の事を好き
だった千瀬奈々として記憶してくれるんだよ。それってさ、かなりの差じゃない?」
「……わかんない」
「整理つけておけば? どうせ卒業。今しか出来ない事、もうそろそろ出来なくなるよ」
 今しか出来ない事ってなんだろう? 卒業したら出来なくなる事ってなんだろう?
 チャイムはもう私の耳に響かない。チョークを握って、問題を解けなくて黒板の前で立ち尽くせない。ボロボロの椅子に座れない。木造の今思えば味の
ある校舎の廊下を歩けない。もうホウキを持って掃除なんて一生しないかもしれない。教室で自由気ままに雑談も出来ない。暇だ暇だと連呼出来なくなる
ほど、これから忙しくなるだろう。幼い恋も出来ない。十八を超えれば、もう怒ってくれる大人もいない。失敗は軽いお説教ですまない。放課後にいつも行
っていた安いレストランやカラオケに、もう制服で行くことは出来ない。
 嘘だ。それがもう出来なくなるなんて、嘘だ。だってずっとそれが当たり前の日常だったし、とても楽しい事だったんだ。学校の近くにある丸八というカラ
オケには、いったい何回行ったかわからない。
 そのカラオケに、もう制服で行けないのか。もしかしたら一生いかないかも。
 それは大人への旅立ちであると共に、もう子供じゃいられないということだ。まだ子供だから……なんて言い訳出来ない。
 今、やらなきゃ。今しか出来ない事をやっておかないと。一番楽しくて楽な学校生活は、もう長くは無いぞ! あと少しで、社会の荒波に飛び込まないと
ダメなんだ。でも私にその覚悟はない。だから進学という道を取ったんだ。
 自分が社会人に? そんなバカな。こんな幼稚な私が社会人になんてなれる訳がない。でもいつかは会社で働くだろう。それは死ぬほど不安で、働い
てる自分なんて想像出来ないよ。
 小さい頃は、十八歳になれば凄く大人になってて、くだらない話なんてしないと思ってた。でもそんな事ない。アホみたいな事は平気でするし、いつもくだ
らない話で笑いあってる。でもそれが最高に楽しいんだよ!
「今しか出来ないかぁ……」
 可奈子がそう呟いた。
「後悔だけは残したくないね」
 その通りだ。後悔はしたくない。

 今日は、あんまりはかどらなかった。いや毎日はかどってないんだけど、今日は特にね。
 なんだか皆考え込んじゃって、ダメだった。
 私はりこと二人でとぼとぼと歩いてる。可奈子と夏海はバイトだからと言って帰っちゃった。
「ねぇ奈々ちゃん。告白、しないの?」
 と、上目遣いで私をじっと見て言った。
「したいよ。告白はしたいよ。でもね、やっぱり無理とわかってるのに告白するなんて、なんか悲しいっていうか惨めじゃん」
「でも後悔しないの? 気持ちだけでも知ってもらえば?」
「知ってほしいけど、怖いな」
 私がそう言うと、りこはおおげさに明るい声を出して言った。
「いいじゃんいいじゃん! もうどうせ卒業で会わないんだから。もやもやしてる事は、全部片付けちゃいなよ」
「でも、好きだもん。踏ん切りつかないよ」
「ねぇ。私の時じゃないけどさ、奈々ちゃんはどうしたいの」
「え……。こ、告白したいけど」
「自分で言ってること出来てないじゃん。したいなら、すればいいじゃない」
「そ、それとこれは別!」
 わかってる。わかってるよ。でもね、人に偉そうに言うのは簡単でも、自分で実行するのは難しいし、勇気がいるんだよ。
 結局自分に甘いからね。傷つきたくないだけ。本当に好きだから、少しでも変に思われたり、嫌われたくない。
 でも自分の気持ちは知って欲しい。でも、知られてしまうのは怖い。
「ねぇ奈々ちゃん。その人のアドレスは、まだ知ってるの」
「うん」
「でも、ハッキリ言っちゃうと、いつ知らぬ前にアドレス変わってるかわからないよね。電話番号は知ってる?」
「知らない」
「じゃあ、メルアド変えられたらもう、何も話せないよね。後悔しても遅いよ。ねぇ、告白した方が良いと思うな。奈々ちゃんが恋愛の事でそんなに悩んでる
所見たこと無い。それほど好きなんでしょ。私は、告白するべきだと思うよ。そんなに好きなら」
 私は足を止めた。駅前にある丸八というカラオケの看板が目に入った。
「どうしたの?」
「ねぇ、りこ。一時間五十円から、八十円に値上がりしてるよ」
「世界的経済危機だもんねぇ。ここも、いつ潰れるかわからないね。もっと行っとけば良かったかも。ねぇ、奈々ちゃん。無くなっちゃったものは、もう取り
戻せないよ。今しか出来ない事をやらなかったら、その先もう何も出来ないよ」
「……そうだね」
 今しか出来ない。今やらなくて、いつやる?
 告白したいなら、するしかない。相手に迷惑だと思われてもいい。だって好きだから。
 私は三日後、好きな人に告白をした。
 結果は当然ダメだったけど、相手は喜んでくれたし、私もなんだかスッキリした。
 そうだよ。私はアンタを好きだったんだよ。その事、一生忘れるんじゃないわよ。もしも自分がどんなに汚れてしまい、ダメになったとしても、思い出だけ
は何があっても汚れない。学生時代の思い出だけは永遠だ。
 卒業したら、振り向いた先に校舎は無い。あの人もいない。ただ、忙しく動く世界があるだけ。楽しき日々にすがることもできない。強くならないと社会で
は生きていけない。弱くても怒ってくれて守ってくれる人もいない。
 私、大丈夫かな。前見てるかな。
 でも、大丈夫。地面に膝をつきそうになっても、私にはあいつら三人がいる。強く生きようとして失敗したら、あの子達が私の腕を引っ張って、強く立てと
言ってくれる。
 大丈夫。私は一人じゃないから。

 夏海パート

 私は専門学校のパンフレットを床に投げ捨てた。
 卒業を前にして、進路決まらず。このままじゃニート確定。
 親は、アンタ頭良いから大学行っとけと言う。でも、大学に興味は無い。勉強だって、好きじゃない。中学では受験のために頑張ってたけど、香蓮高校
では別に頑張ってなかった。
 私は文の道を極めたい。だから文章関係の専門学校に行きたいんだけど、残念ながら北海道には無い。一番近くて仙台。でもだからって、仙台に行く
のもおかしな話だ。行くなら、そりゃ東京あたりだよ。
 大学の文学部はダメなの? と可奈子は言ったけど、それじゃダメなんだ。私は徹底して文だけに関わっていたい。大学なんかじゃダメだ。徹底しない
とダメなんだ。
 今すぐにでも願書を提出したい。だってもう二月になって、ついに家庭学習期間になった。次に学校行くのは二月の二十七日の卒業式練習と、三月一
日の卒業式だけ。今でも専門は願書受付や体験入学とかやってるけど、さすがにもうギリギリのライン。
 ていうか、願書はもう書き上げている。準備は整ってるけど、親が許してくれない。
「なつみー! ご飯だよ!」
 と、階下から親の声がした。
 あーあ。うるさいな。またなんかごちゃごちゃ言われるんだ。
 私はタバコを灰皿でもみ消して、部屋を出て一階に降りた。
 親はもう椅子に座ってご飯を食べていた。この親との二人暮らしが続いて、もう十年が経つ。
「夏海。大学には行かないの」
「バカじゃないの? 今から大学目指すアホどこにいる。もう二月だよ」
「アンタが何もしないからこうなったんじゃない。別に一浪でもいいから、大学行きなさい。アンタなら、本気出せば北大も狙えるじゃない。五教科オール五
のアンタなら、出来る」
「香蓮みたいなバカ高でオール五とってもしょうがないよ。一年の時、自習の時間に出たプリントの問題知ってる? 一桁のたし算とかけ算だよ」
 これ、マジなんだよね。確かに教科書は当然ちゃんとした高校のものを使ってるけど、本当に自習に問題で一桁の計算の問題が出た。誰も信じないだ
ろうし、いくらなんでもそれは無いと思うかもしれないけど、実際出たんだ。
 でも、一桁の割り算をあっさり間違えるやつはいる。likeの意味さえわからない奴がいる。それは、中学時代トップクラスの成績を取っていた私にとって
死ぬほどの屈辱であった。特に入学当初は、プライドがズタズタになって毎日キレそうだった。
 なんで私はここにいるの。なんでトップの成績だった私が、こんな札幌の底辺高校にいるの。なんで正負の計算すら出来ない奴と一緒にいるの。
 性格悪い奴とか、とんだ思い上がりだとか自惚れだとか思われてもしょうがないけど、本当にイライラしてた。でも、それで落ちこぼれるのは嫌だったか
ら、常に成績ではトップになるようにほどほどに勉強してた。ほどほどにやればトップになれるほどに、この高校のレベルは低い。
 やさぐれたくは無かった。志望していた進学校の公立高校は落ちた。私立はハナから行く気は無かったから、適当に近くの香蓮にしてたんだ。
 まさか落ちるとは思ってなかった。塾のテストで、私はいつも志望校の合格率は九十八パーセントをたたき出していたし、自分も親も可奈子も奈々も私
が落ちるなんて考えてもいなかった。
 でも、落ちたんだ。別に周りをバカにする気はないし、学力に差があれど、同じ高校に入ってしまえばみんな横一直線からのスタートなんだ。過去は関
係ない。そこから頑張るか、頑張らないか。
 でもね、それはあくまで私のプライドの問題であって、進路となれば別。北大なんて行く気ない。
 文を極めたいんだ。なのにどうして親は許してくれないんだろう。やりたい事をやらせてくれないんだろう。私の人生は私が決めるよ。アンタは私じゃな
い。
 親は黙ってサラダを口に放り込んでいたけど、私をじっと見て言った。
「もう一度言うよ。もう浪人して大学に行くしか道は無いんだよ。大学を目指しなさい」
「だから! 興味ねぇって言ってるんだよ。なんで専門行っちゃダメなんだよ。東京行っても仕送りなんかいらないって言ってるじゃん!」
「お金の問題じゃないってのわからない子だね。せっかく勉強出来るんだから、頭良い大学行った方がいいの。その方が未来は安全でしょ」
「わっかんないなぁ。今の時代、どこ出ても何があるかわかんないんだよ。会社の内定平気で消される時代だぞ。つーか、なんで一度きりの人生を、アン
タに決められて普通なつまんない道を行かなきゃダメなのさっ」
 私は食卓テーブルを蹴飛ばして、走って家を出た。
 まさかこの年になって家を飛び出すとは思わなかった。それに、家を飛び出しても私の行く先なんて一つしかない。
 十分ほど歩いて可奈子の家についた。
 幼稚園からの付き合いだから、もう何回可奈子の家に行ったかわからない。東京に行ったら、しばらく可奈子の家に行けなくなる。これまで当たり前だ
った札幌での生活は全て無くなる。
 東京に行ったら、改札でモタモタ歩いたら怒られるんじゃないか。大都会での生活に耐えられるか。札幌は都会のすぐ隣には森が、山があったりする。
私はその自然が恋しくならないか。可奈子たちに会えなくて泣いたりしないか。
 東京みたいな大都会は、札幌みたいに地下鉄の路線が三つだけじゃないぞ。迷ったりしないか。その全てに耐えられるか。
 いや、耐えなきゃダメなんだ。でも私がまだ迷ってるから、親を説得しきれていないんじゃないか。そんなことを思いながら、インターホンを押した。
 すぐに可奈子の親が出てきた。
「あら、なっちゃん。こんな時間にどうしたの」
 時間はもう七時を過ぎている。
「遅くにすみません。可奈子いますか」
「アンタね、深夜に平気で私の家に忍び込んどいて、今更遅いもなにもないでしょ。ほら、上がりなさい」
 私を玄関に招き入れると、可奈子の母親は二階に向かって「かなこー!」と叫んだ。
 すぐに可奈子は階段から降りてきた。適当なTシャツに黒いパーカー。そして短パン。これが家にいる時の可奈子スタイル。
 可奈子は何か察したのか、首を二階に向けて振った。可奈子の母親は私の頭を撫でてリビングへ戻っていった。
 二階に上がり可奈子の部屋に入ると、音楽の音がガンガン鳴り響いていた。
「うわ。音うるさっ」
「そうでしょ。このスピーカー見て。二十年前のスピーカーだけど、なんと百三十ワットにウーハーは十九センチ。こう、歯切れの良い爽やかな低音が…
…」
「スピーカーオタクの話を聞きに来たんじゃないもん」
 私がそう言うと、可奈子は舌をペロッと出して音楽を止めて、座椅子に座ってぬいぐるみを胸に抱えた。
 可奈子と向き合って座る。座椅子と私の間に置いてある机には卒業制作の絵の一部分がある。
 部屋中にスピーカーが沢山置いてある以外は、普通の部屋。テレビ、カラーボックス、ぬいぐるみ、散乱した化粧道具などなど。
「で、どうしたの。まさか私が恋しくなったんじゃあるまいね」
「親と喧嘩したんだ」
「また? アンタ昔からじゃない。よくそんなに喧嘩のネタあるよね。で、今回のテーマは何?」
「進路」
「やっぱ進路か。夏海の親は心配性だからねぇ」
「違うよ。ただ保守的なだけなんだよ」
「それもしょうがないんじゃない? だってシングルマザーで二人暮らしでしょ。そら、人一倍心配にもなるって」
「ま、まぁそうかもだけど……。でも」
「文章の道だっけ?」
「うん。出版社も頭にはあるけど、ライターになりたいんだ。でも、それには大学なんてハンパな道じゃダメだ。それに今は専門学校も、短大卒業扱いにな
るんだよ」
「わかってるわかってる。でも、今はとにかく説得が大事なんでしょ」
 そうだ。とにかく説得しないと。
 でも、どこか私は迷ってる。札幌と皆が恋しいんだ。だから私は、可奈子に背中を押してもらいに来たんじゃないかな。甘い考え。
 可奈子は、いつも「夏海頼りにしてるからね!」と言う。でもそれは違うよ。可奈子は強いもん。本当に、本当に困ってる時、可奈子は自分一人でなんと
か出来る。でも心底困った時、私は何も出来ない。勉強を教えるのと進路での悩みはまた別の話だし。
 私は可奈子に頼りっぱなし。可奈子がいないと何も出来ない。
 可奈子は絵の具を手に取り、山の色を塗りだした。
「ねぇ夏海。高校楽しかった?」
「そりゃ友達とつるむのは楽しかったけど、全体的に見て不満だらけだったね。私も山描く」
 二人で山を描きながら、ボソボソと小中時代の話をした。
 可奈子は始めて動物園に来た幼稚園児のような笑顔で楽しそうに話しながら山を描き、でもたまに、何かを考え出して黙り込んだりもした。
「ねぇ夏海。もう願書提出しないとヤバイんじゃない」
「ヤバイよ。笑えない状況だよ」
「親、そんなに頑固なの」
「頑固。浪人して、これから大学目指せってさ」
「ちょーっと考え古いかもね。今の時代、大学に行ったからって安心なわけじゃないし。どこの大学行けって言われてるんだっけ」
「北大」
「えっ。北大の頭の良さって別格じゃない」
「うん。どうしても入れたいらしい」
「うーん。でも、夏海が嫌がってるなら別に許してくれてもいいのにねぇ」
「そうでしょ。つーか、今の時期になってもまだ大学大学言ってるなんて、ちょっとおかしいよ」
 私は筆を止めた。もともと絵を描く気分じゃない。
「あー。小さいころは良かった。悩みなんて何も無かったし、お金が無くても困らなかった。趣味とか視野が狭くて無知でも、凄く楽しかった」
「そんなもんじゃない。無知は怖いし、この年であまりにも無知だったらかなりヤバイけど、小学生って無知が普通っていうか、いろんなことを全然知らな
いから学ぶし、団体行動も出来るようになる。今思うとさ、人間の基礎はやっぱ小学生だよね。基本的な性格が成り立つし、勉強だって最低限絶対必要
な漢字に時計の読み方、足し算掛け算割り算引き算。でも中学からの勉強って、凄くムダだと思える」
「そうそう。無知は怖いけど楽しいさ。まさか、こんな十八歳になってるとは思わなかった。進路決まらず、ただぐてぐてして。最悪」
「夏海ネガティブモードに入りすぎ」
 ネガティブにもなるよ。
 どうしてやりたい事やらせてくれないの。一度きりの人生だよ。後悔もやり直しも許されないシビアな人生なんだ。せっかく生まれてきたのに、好きでもな
い道を選んでどうするんだ。
 一度しか歩めない人生で、保守的になって安全な道を歩んで、妥当な毎日を送って、そして死んでいく?
 ふざけんなっ! そんなつまんないレール通りの人生、歩んでたまるか。別にね、普通の道を歩みたいと思うなら普通の道を歩めばいい。それはその
人にとっては凄く楽しいものであり、普通じゃないかもしれない。
 そもそも、普通の定義って曖昧。大多数の人と同じ事が普通って言うのかな。でも、そんなの関係ない。あの子があぁしたから私もそうする。あいつがこ
うだから私もそうする。何それ。バカみたい。
 浪人してでも良い大学に行って、そこらへんの会社に入って会社と家を行き来して、結婚して仕事止めて子供生んで子育てが終わったら後は老後へ向
けて一直線?
 はっ。バカくさい。私は文の道を行き、死ぬまで文に関わって生きるんだ。結婚もする気はない。本当に好きな人が現れたら別だけど、でも結婚したら
カップルから家族になるんだ。そして、好きな人に夏海と呼ばれ続けても、結婚して子供が出来れば、夏海じゃなくてお母さんと呼ばれ、私も相手を彼氏
じゃなくて夫と思い、お父さんなんて呼ぶんだろう。
 それなら結婚なんてしたくない。そんなのありえない。私はずっと夢だけ見ていたい。ガキだと思われてもバカだと思われてもいい。
 だって私まだ十八歳。まだ何も始めてない。自分には可能性が残ってるかもしれない。いや、残ってる。色々なものを失ってきたけど、夢を諦める年じ
ゃない。この手のひらはまだ何も掴んでいない。必ず夢を掴み取ってやる。
 私の人生は私が決めるんだ。自分の通るレールは自分でひく。誰に指図されず、自分一人で強く生きるんだ。
 ……じゃあ、なんで私は可奈子の家にいるんだろう。自分で決めるんなら、親にもっと食い下がれば良い。なのに私は逃げて、可奈子に甘えに来た。
「夏海、幼稚園の頃からさ、頼りになるよね」
「いきなりなんだよ。別に、私は頼りになんかならないよ」
「なるよ。夏海強いから」
「強かったらここに来てない」
 可奈子はくりくりした瞳を一瞬見開いたけど、ごまかすようにタバコを口に咥えて火をつけてうつむいた。
 煙をどかどかと吐き出し、可奈子も絵を描くのを止めた。灰が腕に落ちて「あつっ」と呟く。
「私にも一本くれ」
 可奈子は私の口にタバコを突っ込み、顔を近づけて自分のタバコの火を私のタバコにくっつけた。
 無邪気な笑顔で、「んんー」とかうなりながら火をつけようとするけど、つかない。可奈子がこういうアホな事をした時、ほとんどの人はまた可奈子が変な
事してる。アホだなぁって言う。
 でも見当違いも良い所。これは、落ち込んでる人を可奈子なりに楽しませて元気出せよと言ってくれてる。
 エサを食べる小鳥みたいに首を動かす可奈子を見て、つい噴出してタバコを落としてしまう。少し気が楽になる。
 ライターで火をつけて再度咥えて煙を吐き出す。
「ねぇ夏海。専門行きたいんでしょ」
「行きたいよ」
「もっと強く出なきゃ」
「わかってる。あと、煙を吹きかけるな」
 私がそう言うと、更に煙を吹きかけてくる。私はタバコをもみ消してぬいぐるみを額にぶつけた。
「ひどいっ」
 そう叫ぶと、すかさず消しゴムを投げてくる。よけると、可奈子もタバコを消して私に飛びついてくる。
 激しい音と共に倒れこむと、可奈子は唇を近づけてくる。
「おい、ちょっと」
「んー。なーんかハッキリしないなぁ。まだなんか言いたいことあるんじゃなーい? 言わないとこのままよだれ垂らしちゃうよー」
「バカやめろほんっとに止めろ!
「ほらほらー。んー?」
 顔面が目の前にある。よーく見ると、中学生にも見える童顔。りこほど幼くは無いけど、笑った顔は本当に無邪気で、純粋な顔なんだ。
 髪の毛の良いにおいがする。香水の匂いがする。息が鼻にふきかかる。そしてよだれを垂らされようとしている。
 私は可奈子を両腕で抱きしめると、そのままぐるんと回転して馬乗りの状態になり、可奈子を解放した。
 解放されると笑いながら座って言った。
「ねぇ、やっぱさ、結局札幌とか友達が恋しいんじゃない?」
 突然核心をつかれて驚いたけど、正直に頷いた。
「じゃあ夏海はさ、高校受験の時香蓮の他にもう一校、頭の良い私立を選んでたとする。で、公立落ちて、香蓮とその頭の良い私立どっち行った?」
「そりゃ、レベル良い方の私立に行くよ」
「でも香蓮は家から近いよ」
「近いとか遠いのは関係無いよ」
「香蓮には、私と奈々がいるよ。それにりことも会えたよ」
「……」
「やっぱ、友達が恋しいんでしょ。そうだよね、私らはみんな札幌の専門学校に進学するから、まだちょっとの間は四人でもつるめるもんね。それなのに、
自分一人だけ道外に行くのが嫌なんでしょう」
 その通り。
 一人ぼっちになるのが嫌だ。怖い。それに、幼稚園のころから可奈子と一緒にいたのに、いきなり目の前からいなくなるなんて不安でしょうがない。泣
きたくなる。それに、私が道外の学校にいる間、可奈子たち三人は暇を見つけて一緒に遊ぶんだ。そんなの悔しい。凄くむなしいじゃないか。
「でも、夏海は友達のいる香蓮と友達のいない頭良い私立なら、頭良い方選ぶんでしょ。香蓮は選ばないんでしょ? だったらそれと同じだよ。友達のい
る札幌で浪人までして行きたくない大学に行くのか、一大決心して夢を追って北海道から出る。どっちを取るのよ」
「……北海道から出る」
「答え出てるんじゃない」
「でも」
「友達だからこそ言うけどね、やりたい事あるなら、絶対その道を行った方がいいよ。友達がいるからとか、そんな事考えてたら何も出来ないよ。大丈夫
だって。何も海外に行くわけじゃないんだから、夏休みとかに気軽に帰ってこれるでしょ。私らも遊びに行くしさ。私たちなら、会おうと思えばちゃんと会え
るんだからさ。大丈夫だよ」
「うん……そうだね。頑張って説得する」
 結局背中を押して欲しいだけ。
 でも、今の言葉を聞いてやっと決心出来た。人は一人じゃ立てないけど、誰かに支えてもらえれば立てるんだ。
 今回も可奈子に助けられたけど、本当に北海道を出て東京の専門学校に行くのならば、もう誰にも頼れない。支えてくれる人はいない。でも一人で生き
ていかなきゃダメなんだ。いや私がそれを望んだんだから。
 知り合いが誰もいない東京で、必ず私は夢を成功させてやるんだ。甘えたりしない。強く生きる。
「夏海」
「なに?」
「まぁ、本当に本当に挫折しそうになった時には、いつでも私の家に来ていいんだからね」

 夏海を玄関で送り出して、私はリビングのソファにダイブした。
 あんなに悩んでる夏海は、あんまり見たこと無い。夏海って、あんまり人に相談しないからなぁ。
 本当は、心の底から札幌にいれてくれと願ってる。幼稚園からの親友が東京に行くなんて寂しい。でも、友達だからこそ、背中を押して夢を追えと言わ
なきゃダメだ。絶対に浪人して大学行くよりも、ちゃんと行きたい専門学校に行った方がいいに決まってる。
 辛いな。でも頑張れとは言わない。夏海は頑張ってるもんね。さぁ夏海。アンタはやっと何かを始められるんだ。私らまだなんにもやってない。何か始め
る前から、何かを諦めちゃダメだ。
 十八歳。なんて微妙な年。確かに肉体的にも世間的にも大人。車の免許も取れるし、もう少女とも子供とも呼べない。
 それを思うと、なんだか「ちきしょう!」って叫んで壁を蹴りたくなる。もうガキでいられないのか。恋愛だってそう。確かに少なからず恋愛はしてきたけ
ど、ロクな恋愛じゃなかったよ。もっと深くて、爽やかで、そして沢山の思い出が欲しかった。でも長く付き合えたためしはないし、あんなのただの馴れ合
いだ。カップルという好奇心をむき出しにしてただけ。そんなの本当に恋愛じゃない。錯覚の恋愛だ。
 だから奈々には、絶対に告白して欲しかった。あの、街を歩けばスカウトされる奈々が恋愛で悩むなんて滅多に無かった。あんなに悩むまで好きな人
がいるのも知らなかった。もっと早く言ってくれれば、相談に乗ったのに。
 後悔だけはしたくなかった。恋愛はとてつもない勇気とエネルギーが必要だけど、とにかく後悔だけはダメ。振られるという切ない思い出でも、きっとそ
れはムダじゃない。
 純粋な恋愛を、納得して終わってほしかった。でも、どうやら告白出来たみたいでよかった。失恋は辛いけど、それは綺麗な記憶だよ。
 だってね、私らもう十八。まだ十八じゃない。もう、十八歳なんだよ。幼くて切なくて、でも一番純粋で綺麗な恋愛が出来る年齢はもう終わりなんだよ。毎
日通った教室で、好きな人の横顔を盗みみる事も、放課後にお店でたむろって顔を赤くしながら相談したり、心も頭も好きな人で支配されて何もしたくなく
なったり。そんな甘いオレンジみたいな恋愛を出来るのって、今だけじゃないかな。
 そりゃ大人になってもそういう切なくて心が痛む恋愛は沢山あるだろうけど、十七歳の恋愛と十九歳の恋愛って、かなり違うと思う。その真ん中の十八
歳の恋愛って、なんか難しい。
 教室って特殊な場所だ。埃っぽくて汚いけど、あの場所には数え切れないほどの青春が詰まっている。私たちは大人っていう未知の世界へ旅立とうと
している。でも私はまだ怖いから、就職じゃなくて美容関係の専門学校を選んだ。良く言えば美容の仕事につくため。そりゃ、美容の仕事をやりたいなら
専門に行くでしょう。でも一番の決め手は、ただ単純に社会に出るのが怖いから。
 何やってたかな、三年間。私は何が一番嫌で、何に腹を立てていた?
 ……考え込んだら悲しくなってくる。
「かーなーこ。アンタ、だらだらしてないで、シャキっとしなさい」
 と、母親が私のほっぺたをつねった。
 私はソファから顔をあげて母親を見上げる。白髪、増えたな。
「アンタとなっちゃん。ほんっと仲良いよね。あの子はもう、一生もんの友達だろうね」
「当たり前じゃん。おばあちゃんになっても、私と夏海はくだらない話で盛り上がるよ」
「なっちゃんは進路どうするの」
「夏海はねぇ、専門学校行くの。でもその専門はね、東京にあるんだ」
「えっ。じゃあなっちゃん上京するの? 一人暮らし?」
 と、母親はソファにどかっと座り、タバコに火をつけた。
「女の子一人で大丈夫なの?」
「あいつ図太いから大丈夫だよ」
「それにしてもさぁ。あの子、意外と人一倍繊細でしょう」
「まぁねぇ。でも、心配してもしょうがないよ。もう子供じゃないんだから、一人暮らしくらいでガタガタ言わないよ」
 母親はうまそうにタバコを吸いながら、テレビをぼーっと見ながら、思い出したように言った。
「アンタ、バイトの面接受けたんだっけ」
「受けたよ」
「受かった?」
「落ちた」
「えー。ちょっと勘弁してよー。まさか、四月まで家でだらだらしてるんじゃないでしょうね」
「うるっさいなぁ。好きで落ちてるんじゃないよ。つーか言わせてもらうけどね、この家庭学習期間が、人生最後の長期休暇なんだよ。だって二月の頭から
四月まで、二ヶ月もある。今後の人生で、そんなに休める時なんてないよ。あるとしたら老後? 考えるだけでゾッとする」
 私はそう言うと、自分の部屋に戻った。当たり前の事をぐちぐち言われると、腹立つんだよね。

 しばらく日が経つと、大分絵が出来てきた。
 もう二月の中旬で、今日はバレンタイン。でもあげるのは女友達だけ。こういう日になると、やっぱ彼氏欲しいなぁと思ってしまう。もっと、沢山恋愛しとけ
ばよかったなぁ。なんかもったいない。
 今日は美術室で作業をしている。夏海もりこも奈々も彼氏無し。なんと団結力のある集団だろうね。
 絵の具くさい教室で、もくもくと絵を描いていく。大きい画用紙二枚をくっつけているので、結構ごちゃごちゃと描いてしまった。。二枚に渡って参角山を
描き、左の方には校舎。右に街。その他、木とか色々。
「……ねぇ、みんな」
 と、夏海が小さい声で言った。
「今更だけどさ、この低レベルなクオリティ、なんとかなんないか」
「無理だよ。私たちの腕じゃ」と、りこが弱々しく言った。
「でも、もうちょっと、なんかないかなぁ」
 と、夏海。
 そうは言っても、絵心皆無の四人で描いてるからしょうがない。
 溜息をついてなんとなくドアの方へ目をやると、そこには何故か梨花がいた。
「梨花? どうしたのさ」
 少し考え込んでから、梨花は木のボロっちいドアを開き、中に入ってきた。
「アンタなんでいるの?」と、奈々が聞いた。
「補習」
 小さく呟くと、短いスカートからおしげもなく出した足で、床に落ちてる絵の具のフタを蹴飛ばしながらこっちに近づき、絵を見下ろした。
「うわっ。へたくそ」
「うるさいなぁ。お前、あっち行けよ」
 と、夏海が明らかに嫌そうな顔で言って、続けた。
「ていうか、なんでこんな校舎の端っこに来たのさ」
 確かにそうだ。補習は確か新校舎の三階。で、旧校舎の美術室に行くには、まず一階に降り、渡り廊下をずーっと渡り、薄くらい木造校舎の端っこまで
来なきゃダメ。普通、来ないでしょ。
「どうせ、絵が気になったんでしょ。梨花も絵描きたいの?」」
「夏海、あんま挑発したらまた……」
 私がそう注意したけど、梨花は意外とおとなしかった。
「帰る」
「あ、ちょっと待ってよ」
 梨花はズカズカと美術室を出て行った。
 私はなんだか悲しくなって、梨花を追いかけた。夏海たちがなんか声をかけてたけど、気にしない。
 渡り廊下に行った所で、私は梨花の腕を掴んだ。振り向いて私を見下ろす。とても背が高くて、顔は化粧で凄く大人びて見える。セーラー服が微塵も似
合わない。
「何よ」
「梨花、絵好きでしょ」
「別に」
「でも、中学時代さ、こっそり絵のコンクールに応募して、一等取ってなかった? ね、梨花も描いてよ。さすがにあれじゃあ、卒業制作としてはどうもね」
「アンタらの卒業制作でしょ」
「そんな事ないよ。四人で描いてるけど、一人でも多い方がいい。ねぇ、まだ少しスペース空いてるから、なんか描いてよ。いや、描いた方がいい。アンタ
ね、そんな突っ張ってられんのも、今の内だよ。ギャルやるのは良いけどね、人並みに心開けば? 気になるから見に来たんでしょ」
 梨花は床をじーっと見たまま、何も言わない。
 もう。素直じゃないなぁ。
「高校時代の思い出に、一筆どうですか?」
「……思い出? 別にロクな思い出なんかないよ」
「私もそうだよ。昔は良かった。面白い奴ら沢山いたし、悩みも嫌な事も少なかった。特に香蓮高校は、理不尽な教師とか信じられない暴言を言う教師が
あまりにもいすぎた。良い先生なんか一人か二人しかいなかったもん。本当にロクな教師いないよね」
「ほんとだよ。高校三年間、死ぬほどつまんなかった。不満しかないよ。卒業式だって、別に行かなくてもいいと思ってる。あんなアホな教師に何度悪口
言われたか。それに、ここの生徒とはしっくりこなかった。佐伯の真似じゃないけど、昔は良かったよ」
「うん。でもね、良い思い出が無いと思うなら、せめて卒業制作くらい、やろうよ。ねぇ、もしかして恥ずかしいの? 別に大丈夫だよ。りこは笑顔で歓迎す
るし、奈々はさっぱりしてるから、梨花が参加してもなんとも思わないよ。夏海は、強気だからあぁやって突っかかるけど、梨花が私もやるって一言でも言
えば、あらそう、じゃあここの部分よろしくって感じで、あっさり歓迎するよ」
「そうかな。私、嫌われてるし」
「自分で壁作ってちゃ、そら誰にも好かれないし、仲良くなれないよ。確かに人間関係難しいけど、案外人って、そんなに他人に対して難しく考えてない
よ。結構あっさりした所はある。特にあの子たちは、来る者拒まずだからね。とにかく、アンタが少し素直になれば、みんな笑って絵の具を渡してくれる。
そしたら梨花も楽しいと思える。それにもっと言えば、アンタの事嫌いだったら、梨花って下の名前で呼ばないよ」
 私は持ってきたオレンジ色の絵の具を手渡した。
「何描くの」
「コンビニ」
「は?」
「いや、本当はカッコつけて何か象徴的なものを描きたかったんだ。桜とかさ。でもさ、桜の木なんて都合よく学校の近くに咲いてないんだよね。それに周
辺にある自然ったら、ちっこい山くらい。で、私らの高校三年間を象徴するものってなんだろうって思ったら、香蓮の目の前にあるコンビニだなと思った
の」
 香蓮から歩いて五分の所にあるそのコンビには、朝には香蓮の生徒で賑わう。自転車が駐車場に沢山泊まり、朝の時点でパンやらジュースやらが大
量に買われていく。朝行って、一般客はたまにしか見たことが無い。いったい、いくらこのコンビニで買い物をしたかわからない。そしてここの店員の中年
の女の人は、私の顔色が悪いと心配してくれるし、時間が少し遅いと「早く行かないと遅刻するよ!」と言ってくれたり、「今日も頑張ってね」って励ましてく
れたりもする。
 学校近くにある象徴的なものといえば、このコンビニだけだ。だってつまんない景色が広がってるだけだもん。
「あとは、まだ描ききってない部分もあるから、そこを描いてなんとかうまく修正して」
「そんな象徴みたいな大事な絵、私が描いていいの?」
「だーかーら。悲観的になるなよ。アンタに任せた」
 私はそう言うと、美術室に戻った。梨花はいつもより狭い歩幅で歩き、美術室に入った。
 夏海と奈々とりこは少しビックリしてたけど、すぐに笑顔になって椅子を机の近くに置いて、筆を差し出した。
 ほらね。少し素直になるだけで、皆迎え入れてくれる。人間、そんな嫌な奴じゃないよ。心開けば、皆も開いてくれる。壁を消せば、みんな梨花を見てく
れるよ。相手を理解しようとすれば、皆も理解してくれる。
 四人だけの卒業制作じゃないさ。皆の卒業制作だよ。
 
 数日後、メールで何人かのクラスメイトに卒業制作の完成が近いから、少しでもいいから描いてみない? と言ってみると、皆オーケーしてくれて、二月
の終わりの方では、結構な人数が集まった。
 結局画用紙は四枚になり、教室とか廊下を描いた。みんなうまくて、私らの下手さが際立った。特に梨花のうまさは郡を抜いていて、コンビニや教室の
完成度の高さには、正直驚いた。
 夏海は「凄い凄い!」と言って梨花の肩を叩き、他のクラスメイトも梨花を褒めた。梨花は、この三年間で一番の笑顔を見せた。
 良かった良かった。納得いかない学校生活だったけど、最後にこんな楽しい思い出を作れたんだから、良い気持ちで卒業出来そう。
 そして二月二十五日。絵は完成した。私ら四人と梨花に加え、今日は他のクラスメイトが八人来てくれた。合計十三人。本当はもっと来て欲しかったけ
ど、まぁしょうがないかな。
「出来た!」
 りこがそう叫ぶと、画用紙を両手で持って掲げた。
 山の前に校舎とコンビニと街並み。いつも行った喫茶店とレストラン。教室、美術室、廊下、購買、体育館、グラウンド。それら全てを四枚に詰め込んだ
からかなりごちゃごちゃしてるし、梨花の描いた部分以外はかなり下手くそ。
 でもうまいとかへたとか、そんなのどうでもいい。描いた事に意味がある。
 やってよかったな。あとは卒業式を迎えるだけ。
「可奈子、あのさ」
 夏海が四枚の画用紙を裏にして言った。
「裏に名前でも書いておくか」
 私たちは、画用紙の裏に名前を書いた。一生忘れられない思い出になるよ、この卒業制作は。
 二月二十五日。佐伯可奈子。まだギリギリ、高校生です。






あとがき
香連シリーズ最終話でした。
今回、技術が無いくせに一人称視点の人物がコロコロ変わる書き方をしました。
それをやるのはアレだとも思いましたが、どうしても四人の成長を書きたかったので。
可奈子達はついに卒業して、それぞれの道を行きます。もうこれ以上書くことは無く、今後可奈子達の香連での話を書くことは当然ありません。
そもそも小説を書き始めた頃に、佐伯可奈子という中学生が、教師に猛烈に反抗する「エスケープ」を書いたのが始まりでした。
しばらくして「教師に屈するな」で、パートナーとなる笠原夏海が生まれ、千瀬奈々、愛嬌りこと登場し、やっと今の四人が出来たわけです。
色々と思うところを書き続けましたが、もう高校生活での言いたいことは書ききりました。まさかここまで可奈子たちの話を書き続けるとは思ってませんでしたし、いったい何人の人が読んで
くれてるかもわかりません。
自己満足ですけど、書き続けて良かったです。今後可奈子達の別の話を書く予定はありませんが、気が向けばいつか書くかもしれません。
と、中身の無いあとがきでしたけど、これまで読んでくれてありがとうございました。


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